177 / 191

4−47

 (とどめを刺すなら早くしてくんないかな……)  ミフユは戸惑いながら顔を上げる。  すると、  「謝るのは俺の方だ」  「え……?」  伊吹はそう言って、咥えていた煙草を捨ててこちらを向いた。  「本当は、あの日アキに襲われなければお前の家に行って詫びるつもりだった」  返ってきたのは予想外の返答だった。面食らうミフユに、  「俺は、無神経なことばかりお前に言ってた」  「……伊吹ちゃん」  伊吹は深々と頭を下げる。  「すまなかった」  「ちょ、ちょっと!?」  暫くして顔を上げたが、ミフユは開いた口が塞がらない。  伊吹という男は――他人に頭を下げさせた回数は数知れず。だが彼自身が謝るのはミフユの知る限り数えるほどしかないはずだ。  その彼が、よりによって自分に頭を下げるとは。  「なんなのよ、どうしちゃったの。アンタにデリカシーがないなんて今に始まったことじゃないじゃない」  「それにしても限度があるってことだ」  伊吹は一度視線を逸らし、それから意を決したように見つめてくる。その眼差しの力強さにミフユの方が圧倒されかける。  「俺は、お前に何度も最低なことを言った。  勝手にプライバシーにずけずけと踏み込んで、そのくせお前を否定し続けた。 ――自分の理想を押しつけたいばかりに」  言葉の端が震えている。  そこには緊張ではなく、静かな怒りが滲んでいるように思えた。――伊吹の、伊吹自身に対する。  「一番謝んなきゃならねぇのは――  何年も隣にいたくせに、お前の本当の気持ちに気付かなかったことだ。……いや」  (何)  一体、何が起きているんだろう。  「気付かないふりをしてたことだ」  「ふり……?」  その時ざっとミフユの脳裏に蘇ったのは、八年前の記憶だった。鳳凰組で過ごした最後の晩。  ミフユは酔った伊吹を解放していてあやうく想いを告げそうになり、ついでに唇も奪おうとした。  伊吹が自分の想いを悟ったとするなら、あの時だ。  ミフユ自身、できるなら忘れ去ってしまいたい忌まわしい思い出。自分が伊吹に口付けようとしているなどと感づかれなければ、“罰ゲームか”と茶化されることもなかったのに。  「お前がいなくなった夜のこと、よく思い返してみたんだ」  「覚えてたの?」  愕然とするミフユに伊吹が頷く。  あれだけ酔っていたから、覚えているはずがないと思ったのに。  「って言っても、こないだの喧嘩の後で思い出したんだけどな。  俺は……あんな言葉を使った自分を、自分でぶん殴りたい」  それから伊吹はゆっくりと言い含めるように言った。  「『罰ゲーム』なんて、本気で思ってたわけじゃない」  伊吹が同じ言葉を発しただけで、また胸を刺された気がした。  自分が彼に触れることには、その程度の意味しかないのだと思い知らされる……。  「なんなのよ……それ」  「俺があんなことを言わなければ、お前が組を出ることもなかったんだろ」  ここまで気付かれるとは思いもしなかったので、激しく動揺している。  ミフユはどうにか取り繕おうとして失敗し、苦い笑みを浮かべた。

ともだちにシェアしよう!