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「それは……どうかな。
あの夜のことがなくたって、いつかは限界がきてたのかもしれないし。
けどまあ、そうね。伊吹ちゃんのその言葉で『ああ、おれとこいつは違うんだな』って、実感した気がするから……」
変な気分だ。
自分と伊吹の恋愛対象が違うのは当たり前で、伊吹にとってミフユの告白が受け入れがたいものだったことも当然だと思っている。
それを責めるつもりは全くないはずなのに、刺々しい気持ちになる。
「だって、普通はそんな事ないじゃない? キスしかけたんだよ。普通の――男と女だったら、たぶん嫌でも進展があるじゃん。
それを……冗談あつかいされて……罰とまで言われたら、『自分は土俵にすら上がらせてもらえないんだ』って分かっちゃうよなぁ。ごめん、あんなことして」
「違う」
次第に口調が荒くなっていっていたところに、伊吹が割り込んでくる。「違うんだ」ともう一度繰り返してから、瞠目するミフユに言った。
「お前は何も悪くねえ。
俺が……俺が、覚悟できてなかっただけなんだ」
「なんだよ、覚悟って」
「覚悟は覚悟だよ。あのときの俺にはそれがなくて、弱気になったから逃げに走った。
それでお前を傷付けた」
(逃げなかったら、なんて答える気だったんだよ。何を話そうとしてんだ、こいつは)
結局、どこへ感情を持って行けばいいのか分からなくてかっとなる。
そんなつもりではないだろうけれど、伊吹に弄ばれている気がしてならなかった。
「――わかんねえよ伊吹ちゃん! おまえが何言いたいのか……っはっきりしなきゃ、全然分かんねーよ!!」
なぜか泣き出しそうになりながら声を張り上げたミフユに、
「――だから! 俺もてめえが好きだってことだよ!!」
「はあ!?!?」
伊吹も怒鳴りつけた。
「えっ……はあ!?」
勢いで怒鳴り返したミフユは、一拍おいてもう一度声を荒らげる。
二人の間に、張り詰めた緊張が走った。
どちらも何も言わない。
が、これは沈黙じゃなく……混乱だった。
(え。何、どういうこと?)
ミフユは怒ったポーズを取ったまま、必死に考える。
(『俺もてめえが好きってこと』……てめえが、好……)
硬直したまま伊吹の言葉を反芻していたミフユは、零れ落ちんばかりに目を見開く。
「……は?」
今度はかろうじて息を吐き出した。
放たれた言葉自体はそう難しいものではないはずなのに、脳が理解できずにいる。
(だって、意味が分かんないじゃない。
『てめえ』って誰。アタシでしょ? じゃあ『俺』は。伊吹ちゃんじゃん)
では、つまり。
(伊吹ちゃんが、アタシのことを好き?――そう言った?)
「いやいやいやいや、分かんない分かんない。意味分かんない」
「ああクソ……こんな風に言うつもりじゃなかったのに」
ぶんぶん首を振るミフユに伊吹は髪を掻き乱して、スーツの胸ポケットに手を突っ込んだ。
が、引っ張り出したケースからうまく煙草が抜けず、悪態を吐きながら断念する。
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