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最終話:終わりよければすべてよし
毎年十二月三十日は、バー【大冒険】の仕事納めだ。
この日は午前零時までの短縮営業で、日付が変わった頃に年末の挨拶をして解散になる。
「ありがとうございましたぁ、よいお年を!」
今日も最後の組の客を送り出したミフユは、ひとつ息をついて店のキャストたちを振り返った。
「さ、ちゃちゃっと後片付けして店じまいしちゃいましょうかね!」
揃って見送りについていたキャメロンやモモ、パピ江が歓声を上げる。
「あー、今年も終わったわね! 一年やり切ったわ!」
年末仕様により、いつもの二倍フリルがついた緑のドレスでキャメロンが吼える。この店に勤めて長い彼にとっては、大冒険での仕事納めが年越しにかかせない行事になっているらしい。
それは同じくベテランのモモも同じのようで、すっきりした顔で肩を上下させる。
「これで思い残すことなく新年を迎えられるわね。メロンちゃんは? これから『コレ』と?」
左手の小指をピンと立ててニヤリとするモモに、キャメロンは鼻の下を伸ばす。
「もっちろんよぉ! 今日は先に寝ててって言ってあるけど、明日は彼も仕事が休みだし……大掃除を終わらせてゆっくり年越しそば食べて、それから……ぐふふふ」
「オッサンが出てるわよ」
年の瀬まで元気いっぱいの同僚たちに失笑していると、パピ江がふと顔を翳らせて呟いた。
「……アキちゃんも一緒にいたらよかったのにな」
「パピ江ちゃん」
他の二人も先ほどまでの勢いを萎ませて、口を噤む。
いつも通り賑やかしい店内だったが、やはり一人欠けるだけでどこか物足りない。
「……そうね」
ミフユは短く応えて頷いた。
警察の取り調べ自体はもうだいぶ落ち着いているはずだが――。
アキも冷静になってみれば、あの計画に加担させられた時点で自分が水無月に捨てられていたと気付いたはずだ。
となれば、彼女は事件に揉まれただけではなく同時に失恋もしたことになるのだから、日常生活に戻るには今しばらく時間がかかるだろう。
「ねえママ。あの子、ちゃんと戻ってくるわよね?」
モモが心配そうに尋ねてくる。
例の事件の詳細はテレビやネットを通じて店の皆にも伝わっているので、遥斗のことも全員知っている。アキが水無月に加担していたことまでは話していないが。
それでも、ミフユより何枚も上手なモモやキャメロンには裏の事情が薄っすらと伝わっているようだった。こちらを窺うモモの目にはそういう色がある。
――けれど皆、共通してアキの身を案じていた。
(だからアタシがここで言えることは……)
ミフユはパッと明るい笑みを作って、三人を鼓舞した。
「大丈夫よ。
今まで働ぎすぎなくらい働いてくれてたんだし、この際ゆっくり養生してくれたらいいわ。心も体もね。
その間アタシたちにできるのは、綺麗どころのアキちゃんが戻ってくるまでどうにか店を潰さないこと! 気張ってくわよー!」
「ちょっとママ、それじゃアタシたちが汚いどころみたいじゃないのよ!」
キャメロンが茶々を入れて、皆が笑ったとき。
入口のドアが開いて、ドアベルが軽やかな音を奏でた。
「いるか、ミフユ」
「……あ」
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