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彼が何か言う前に、もう一度唇を重ねる。
「……ん」
これ以上言葉をつらねる必要もないだろうという意思を込めて口付けを深めると、瞠られていた瞳がゆっくり閉じていく。
それを見届けてからミフユの方も瞼を下ろして、口付けの感触にだけ集中した。
「ふ、ぅ」
唇の間からねじ込んだ舌は、伊吹のそれと絡んで濡れた音をたてる。
遊び相手とは前戯の一環として適当にこなすキスが、それだけで普段の行為の数倍気持ち良く感じる。
相手のことが本当に好きだと、こんなにも幸せな気分になるのか――と、どこか感慨深い気持ちになりながらキスを続けた。
「……伊吹ちゃん」
「ぅ、んっ」
椅子から半ば立ち上がり、伊吹に身を乗り上げて唇を重ねていたミフユは、するりとシャツの襟に手を入れる。逆の手でボタンを外しながら温かい肌に手を滑らせると、体の主から「ん」と小さく声が漏れた。
「――やば、ここでヤッちゃいそう」
「お前な……」
ごっくんと音が聞こえるほど喉を鳴らしたミフユに伊吹が呆れた目を向ける。
「職場だろうが。つうか言い方が直球すぎんだよ」
「うん……」
一度スッと手を引いたミフユは、その掌で伊吹の両手を取って包み込む。
それを自分の口元に寄せて、伊吹を見つめた。
「初めてはちゃんとしたとこでしたいから。今から、おれん家に来てくれる?」
「……だからてめぇは、もっと大人のさりげなさってもんを」
「嫌?」
本命の相手への正しい誘い方なんて、知らない。
ただ伊吹への想いだけをのせて視線を注ぐと、伊吹は唸った。
「嫌だなんて言ってねぇだろ。おら、行くぞ!」
顔を真っ赤にしながら店を出ていく伊吹に笑って、ミフユもついていく。
それらしい振る舞い方なんてお互い分かっていないのだ。
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