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毎日はな六②
腰を動かす速度を変えないまま、サイトウははな六の身体に体重をかけて、押さえつける。はな六が達するのとサイトウが腰を引くタイミングが合ってしまうと、はな六が反射的に身をこごめた拍子に、サイトウの一物がはな六の中から抜けてしまう。そんな興醒めを防ぐために、力ずくではな六を押さえ込んでおくのだ。
「っあ! んんぅぅぅ……」
サイトウの臍の下辺りを、はな六のお飾りから溢れ出た粘液が濡らす。サイトウは構わず一定速度で腰を動かし続けた。はな六は喘ぎ、そしてまたサイトウにすがりながら、搾り出すように腹筋を縮めた。
「は、ぁ……!」
サイトウの身体の下に、はな六はばたりと大の字に伸びる。サイトウは身を屈めて、はな六の上着を胸の上までたくしあげ、胸乳を吸い、首筋や耳の後ろを舐め、唇を荒々しく食んだ。
「まだイケるか?」
はな六はぎゅっと目を閉じたまま頷いた。
「今度は俺の番な」
「ん……」
素直に頷いたご褒美に、口付けを一つ、はな六の額に落としてやって、サイトウは自分のペースで動き始めた。逃げられないように、しっかりと抱き締め、激しく腰を打ち付ける。
「んぁ、またいっちゃ……」
潤んだ唇の間から漏れ出た、甲高くか細い呟きが、サイトウの情欲に火をつけた。穏やかな日だまりには不似合いな、湿った切ない喘ぎと、餓 えた狼の唸り声が、室内に満ちる。サイトウは無我夢中で腰を振った。ほどなくして快感が頂点に達した。サイトウは、自分でも訳のわからないことをはな六の耳に吹き込みながら、薄い膜の内側に射精した。
コンドームの始末をした後、はな六の上に倒れ込んで、少しの間、はな六の首筋に顔を埋め、乱れた呼吸を整えた。冷たい両手がそっとサイトウの背中を撫でた。
「どこも痛くねぇか?」
サイトウははな六に聞いた。
「ん、大丈夫だよ」
はな六は囁いた。
ゆっくりとはな六の上から降りて、添い寝すると、はな六ももそもそとサイトウの方を向いた。そして、あの顔で笑った。丸っこい目を三日月形に細め、肉厚の唇の両端をきゅっと引き上げて、はな六は甘ったるい声色で言った。
「気持ちよかった」
その一言で、全てが報われる気がするのだ。甲斐甲斐しく布団を敷き、コンドームを着けて、注文通りに腰を振ったことだけではなく、大袈裟なようだが心から、これまでの人生全てを、許されたような、肯定されたような気がして、サイトウはヘヘッと笑った。
「オメェは本当に、可愛いなぁ」
サイトウのこたえはいつも同じだ。それより他に、はな六にかけてやるべき言葉を、サイトウは思い付かない。
「ねぇ、サイトウ」
「あ?」
「キスして」
そんなことはお安い御用とばかりに、二度三度、口付けてやると、はな六は腹がくちくなった幼児のように、とろんと目を細めた。
「さて」
起きて掛け時計を見上げると、二階へ上がってきてから二十分ほどが経っていた。サイトウははな六にそのまま寝てろといいつけ、台所へ行き、フェイスタオルを熱い湯で絞り、寝室へ戻った。はな六の身体を丹念に拭いてやり、そして自分の性器とその周りもよく拭いた。
布団をベランダに干した。昼のほんの二時間くらいでも、日に当てればふんわりとする。それから一人ぶんの昼食を用意を始めた。はな六もサイトウの後をちょこちょこと着いてきた。はな六は人間の食事を食べられないので、飯の支度の手伝いなどする必要はないと、サイトウは思う。だが、はな六は家庭の中での役割を欲しているので、サイトウは茶の間のテーブル拭きや食器の用意など、簡単な手伝いを少しさせてやることにしていた。
昨夜作り置きしたおかずと米の飯という簡素な食事を、サイトウは黙々と口に運ぶ。はな六はテーブルの向こうに座り、ペットボトルのミネラルウォーターを少しずつ飲む。サイトウは、はな六も人間の飯を食えればいいのにと思うのだが、はな六はこのままがいいと主張する。というのも、何か食べれば排泄をする必要が生じるからだ。はな六は、セックスをする為の器官が排泄器官になるのは嫌だというのだ。なるほど、三度の飯のようにセックスを欲する、セクサロイドならではの感性だ。サイトウは納得してはいるものの、諦めている訳ではない。いつかはな六がサイトウの気持ちを理解して、希望に添ってくれることを、こっそりと期待し続けている。
ふと顔を上げ、はな六を見ると、はな六は丸っこい目をさらに丸くして、首を傾げた。
「なんでもねぇよ」
サイトウは口調が柔らかく聞こえるように気をつけて言った。上州生まれのサイトウの語気は強くて荒く、よその人達には何気ない一言が恐ろしげに聞こえてしまうからだ。はな六はにこりと笑った。ほんとうに人間と区別のつかない笑顔で。もしかすると、人間よりも人間らしいかもしれない。
二十年前、大事にしていた女の子の方が、はな六よりも人形っぽかった、と、サイトウは振り返る。名前はもう覚えていないが、可愛い女の子だった。サイトウがまだ見習として小さな鈑金 屋に勤めていた頃、あの女の子と出会った。女の子は、サイトウの下宿の前の路地を通学路にしていた。サイトウがゴミを出しに外へ出るときに、ちょうど女の子は通りかかった。彼女はサイトウを見ると頬を赤らめ、目を伏し、会釈して足早にすれ違った。週に二回、たまに不燃ゴミを出せば週に三回、女の子に出くわす。女の子は明らかにサイトウを意識しているように見えた。やがてサイトウは、ゴミの日ではない日も、近くの自販機に缶コーヒーを買いに行きがてら、路地に出るようになった。
『おはよう』
ある朝、コーヒーを飲みながら、サイトウは女の子に挨拶してみた。
『おはようございます』
女の子は目を伏せたまま、小さな声で挨拶を返してくれた。以来毎朝、サイトウは女の子に挨拶をした。女の子も挨拶を返してくれた。挨拶はいつもサイトウが先にした。明らかにサイトウの方がずっと歳上だったので、そこは自分がリードしなければならないと、サイトウは思ったのだ。会話はしなかった。何しろ女の子は登校途中だったから。時間に余裕を持って歩いているように見えたが、だからといって邪魔して良いわけではない。そうわきまえていたので、余分に話し掛けることはしなかった。
『おはようございます。いい天気ですね』
梅雨の中休みのこと。女の子はよほど機嫌がよかったのか、ふと足を止めていつもよりも余分に一言、付け加えた。サイトウは少し驚いて、『お、おぅ』と適当に応えてしまった。応えてしまってから、せっかく話してくれたのを無駄にしてはいけないと思い、余分に一言、付け加えた。
『いくつ?』
女の子は不思議そうな顔をして、首を傾げた。初めて見せた、人間らしい表情だった。『いくつ?』では年齢を尋ねられていると解りづらかったのかもしれないし、そもそも、そのタイミングで年齢を問うのは突飛だったのかもしれない。サイトウは手のひらと足の裏に嫌な汗が滲むのを感じた。
『んー』
女の子の発した声は、はな六が考えるときに発する声に、よく似ていた。
『十三歳です』
女の子はやっと答えた。歳が離れているのは明らかだったが、まさか七つも離れているだなんて。
『何年生?』
『中学一年生です』
『ほっか』
つい最近まで、ランドセルを背負って歩いていたわけだ。幼いが、そこまで子供とは思えない、利発そうな女の子だった。だが人生については、同じ年頃だったときのサイトウよりも何も知らなそうだった。
『楽しい?』
サイトウが聞くと、
『何がですか?』
女の子はまたきょとんとした顔になった。
『人生』
サイトウがそう付け加えると、女の子はまた『んー』と唸り、首を傾げ、そして何故だか悲しそうな、寂しそうな顔をした。サイトウはなんと返そうと考えを巡らせていて、ふと、女の子を引き留めてしまったことに気づいた。
『悪ぃ。学校、行く途中なんだろ』
女の子はこくりと頷いた。
『行きなよ』
サイトウは素っ気なくならないよう気を付けて言った。女の子はまた頷いて、とことこと走り去った。
『おはよう』
『おはようございます』
その後も毎朝出会っては、挨拶をするだけの関係が続いた。しばらく経ってから、もうすぐ学校は夏休みになるのだと気付いたサイトウは、女の子に連絡先を書いたメモを渡した。朝会えなくなっても挨拶くらいは出来るように。それ以上の意味はなかったのだが、女の子は頻繁にサイトウにメッセージを寄越すようになった。
朝も昼も晩も関係なく、女の子は思い付いてはメッセージを送ってきた。現実に会ったときにはほとんど会話らしい会話などしたことがなかったのに、携帯端末の中では女の子はとても饒舌だった。女の子は学校のこと、友達のこと、家族のことなど、沢山のことをサイトウに話した。メッセージは一文が長く、一通一通にぎっしりと詰め込まれていた。サイトウは文章でのコミュニケーションに不慣れだったので、『うん』『そうか』『そうなんだ』くらいしか返事が書けなかったが、それでも女の子は気を悪くした様子もなく、熱心にメッセージを送り続けてくれた。
サイトウは仕事があるので、朝昼晩に時間を決めて、女の子に返信をした。
『サイトウさん』
『ねぇ、サイトウさん』
『おーい、起きてますかぁ?』
女の子はリアルタイムの繋がりを求めていたようで、しばしばこのように意味の無い言葉を連続で送りつけてきた。サイトウにはそれがとても可愛らしく思えたが、しかし、しまりのないやり取りはあまり好かないので、きちんと一日三度の返信タイムを遵守して、まとめて返事を書いた。
『仕事があるから、ごめんな?』
『ううん、こちらこそ、うざく絡んじゃって、ごめんなさい(汗』
仕事を言い訳にしたのは良くなかった。そうではなくて、自分は根っからしまりの無い暮らしというのがダメな質なのだと、本当のことを伝えればよかったのだと、サイトウは酷く後悔した。あの時、女の子は別に怒ってはいないように思えたが、そういう小さな無配慮が、女の子の中に塵のように小さいながらも不満として、しんしんと積もり続けていたのではないかと、サイトウは想像した。
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