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第6話

 会長に触れられるのが、今日はいつもより怖かった。しかし今日感じている「怖い」は、普段の「怖い」とは別の場所を起因とするものであって、しかもそれが人生で初めてのことだったから余計に不安だった。  これはきっと『罪悪感』なのだろう。だけど、本当に『罪』なのかどうかは、解らない。  自分のしたことを違反行為だと認めることは、すなわち楓くんへのこの気持ちに名前をつけるということになる。  まだはっきりとその正体が解らなかった。 「……悠」  会長がいつもより低い声で俺を呼ぶ。俺の体はその温度に凍てついてしまった。 「名前を呼ばれたら返事をしなさい」 「っ……は、はい、ごめんなさ……」  俺はどうにも隠し事が下手くそな気質らしい。こんなの態度だけで勘繰られてしまっても仕方ない。  案の定、会長は何かを諦めたように、重たいため息をシーツに零した。 「私に言わなければならないことがあるようだね」  心臓がぎゅう、と締め付けられる。会長とこうして二人きりで会話できる立場でありながら、不注意な行動を告白するのは心苦しかった。  でも注意していれば、楓くんを思う気持ちに歯止めが効いたとはどうしても思えなくて。どうするのが正解だったのか。 「……俺、あの、」  できるだけ自分の感情は織り交ぜず、事実だけを述べるように気を遣って言葉を紡いだ。 「えっと、お、同じクラスの人と、……仲良くなってしまって、」 「ああ。そんなことだろうと思っていたよ。今日のお前からは、お前じゃない匂いがするからね」 「っあ……で、でもっ、悪い人じゃないんです! たくさん優しくしてくれて、俺がクラスに馴染めてないから、それで気遣ってくれて……っ」  ーー会長の瞳が漆黒に染まっていて、それ以上何も言えなかった。俺を見下すような、あるいは蔑むような、そんな冷たい視線だ。 「悠」 「はい……」 「今のお前は、汚れているよ」 「……そ、そんなこと……」 「口答えをするなッ!」 「あっ……」  怒りを孕んだ声色と共に、右頬に鋭い痛みが走った。会長の御手が降ってきたのだ。いつもより強い衝撃に体が耐えきれず、ベッドに倒れ込んでしまう。そんな俺を追うように、会長の巨躯が俺に影を作った。 「お前は聖書の内容を少しも覚えていないのか? 教会に行く機会はなくとも欠かさず目を通すようにと、初めに言ったはずだ」 「毎日っ、読んでますっ……忘れたことなんて、」 「だったらなぜ交友関係を持とうとしたのだ? 聖書にはこれについてなんと書かれてあるのか、言ってみろ!」  会長は硬く握りしめた拳をシーツに叩きつけた。脇腹の横でバフンと情けない音がして、自分の腕が本能で顔を守る。また叩かれそうで怖かった。 「っ信者以外の人間と……必要以上に関わってはならない、」 「そうだろう。解ってるじゃないか。……では、神の教えに反いたことへの償いをしなさい」  「ど……どういうことですか……」 「金輪際。春田楓と関わってはならない。一言の会話も許さない」  なぜ、楓くんの名を知っているのだろう。そんな疑問が一瞬脳裏に浮かんだけれど、深く考える余裕がなかった。 「……はい……」  俺の心が恐怖で萎縮していた。       

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