5 / 8

第5話

 心当たりはないのかだって?  ありよりのあり、大ありだよ!  しかしここで肯定してしまっては、まるで浮気をした春が悪いんじゃなくて、俺が悪人になってしまうじゃないか。   「ね、ねぇよ! だから混乱してるんだよ。春は絶対、浮気なんかするタイプじゃないって思ってたのに……ていうか何でそんな偉そうなんだよ。あ、分かった。直文が春のことを無理やり誘ったんだろ。どんな言葉で春を(たぶら)かしやがったんだ?」  牽制するように吠えると、直文は俺をじっと見つめたまま動かなくなった。  春は何か気の利いた事を言おうと口をパクパクさせているが、結局何も出ないみたいだ。  ギリギリと膠着状態が続いたが、直文の方が先に視線を外し、口元に笑みを浮かべた。 「別れてから少しは成長してんのかと思ってたけど、少しも変わってねぇのな」 「はぁ?」 「誘ったのは俺からじゃなくて、春くんの方からだぞ」  バッと春の方を見やると、春も逃げるように視線をずらした。  どこまで俺をヒートアップさせれば気が済むんだよ。 「春」 「……」 「春、てめぇ……なんでこんな……ゴリラみてぇな奴と……」  ボッコボコにしてやるつもりだったのに、悲しみの方が大きくなってしまって、怒鳴る気力も失せてしまった。  握りしめていた拳も振り回すことが出来ず、力なく項垂れた。そんな俺に向かって、直文は明るく声を掛けた。 「まぁそう落ち込むなよ。春くん、本当のことを俺からちゃんと話すよ、いいね」 「うん」  直文は立ち上がり、俯いている俺の顔を覗き込んでくる。 「まず言っとくけど、俺は春くんのことを本気で好きじゃないし、春くんだって同じだ。俺は今付き合ってるパートナーが大好きだし、春くんだってお前のことが本当に大好きだ」 「それはさっき……春に何度も言われたよ。お前とは一度きりの関係だって」  やっぱり、性欲処理をしたかったのか。  それだったら店に行って抜いてもらえば良かったのに。  わざわざ元彼を選ぶだなんて、俺に対しての当て付けか? 「そうか。で、なんで春くんは、俺を誘ったんだと思う?」 「……だから、手っ取り早くセックスできるって思ったんだろ」 「あぁ、セックスはしていないよ」 「は?」 「勃たなかったんだ、春くん。ふにゃちんもいいとこ。ちくわ。マシュマロ。ゼリー。あ、はんぺんの方がまだ硬いかもってレベル」  例えが下手すぎでよく分からないけど。  勃起しなかった?  どうして。性欲処理がしたくて、直文を誘ったのに?  目を瞬かせていると、今度は春が割って入ってきた。 「本当だよ。俺、ふにゃちんだったんだ。今俺を勃たせられるのは、しーちゃんだけだよ」 「だってお前、浮気したって」 「同じベッドに入って、直ちゃんの体を触った。しーちゃんの気持ちいいところを覚えてるって言うから」 「……さっきから、言ってる意味がよく分かんねぇんだけど」 「健気じゃねえか。恋人にもっと気持ちよくなって欲しくて、俺に頼み込んでくるだなんて」  春と一緒に、直文を見る。  直文はなぜか誇らしげな表情だけれど、俺は未だに腑に落ちなくて呆然としている。   「え、つまり、直文に俺の気持ちいいところを、手取り足取り教えてもらってたってこと?」 「うん」 「なっ」  んだそれ。  そんなことってある? エロの勉強会みたいなもん?  正直、信じられない。二人で口裏を合わせて、そういうことにしとこうと言えばどうにでもなる。俺を騙そうとしているに違いない。  直文はなぜか春を横に退かして、俺の目の前に立った。 「まぁ口で言っても信じてもらえないかもしれないけど。俺だって一応、今のパートナーが大切だし悲しませたくはないから、春くんとはキスもしてないよ。手でちょっと、握らせたりとかしたけど」 「握らせてんじゃねぇかよ!」 「けどそれだけ。だから、春くんと別れるだなんて言うなよ。春くんがお前に良くなってほしいって思うのには、もう一つ理由があるんだ」 「なんだよ」  直文は、春に目配せをした。  言ってもいいか、というような表情だ。  春は何かを察知したみたいで、思い切りかぶりを振っているのにも関わらず、直文は無視をして俺に向き直った。 「お前、春くんに『好きだ』とか一度も言ったこと無いだろ」  ぎょっとして、背中に冷や汗をだらだらとかき続けた。

ともだちにシェアしよう!