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第5話
心当たりはないのかだって?
ありよりのあり、大ありだよ!
しかしここで肯定してしまっては、まるで浮気をした春が悪いんじゃなくて、俺が悪人になってしまうじゃないか。
「ね、ねぇよ! だから混乱してるんだよ。春は絶対、浮気なんかするタイプじゃないって思ってたのに……ていうか何でそんな偉そうなんだよ。あ、分かった。直文が春のことを無理やり誘ったんだろ。どんな言葉で春を誑 かしやがったんだ?」
牽制するように吠えると、直文は俺をじっと見つめたまま動かなくなった。
春は何か気の利いた事を言おうと口をパクパクさせているが、結局何も出ないみたいだ。
ギリギリと膠着状態が続いたが、直文の方が先に視線を外し、口元に笑みを浮かべた。
「別れてから少しは成長してんのかと思ってたけど、少しも変わってねぇのな」
「はぁ?」
「誘ったのは俺からじゃなくて、春くんの方からだぞ」
バッと春の方を見やると、春も逃げるように視線をずらした。
どこまで俺をヒートアップさせれば気が済むんだよ。
「春」
「……」
「春、てめぇ……なんでこんな……ゴリラみてぇな奴と……」
ボッコボコにしてやるつもりだったのに、悲しみの方が大きくなってしまって、怒鳴る気力も失せてしまった。
握りしめていた拳も振り回すことが出来ず、力なく項垂れた。そんな俺に向かって、直文は明るく声を掛けた。
「まぁそう落ち込むなよ。春くん、本当のことを俺からちゃんと話すよ、いいね」
「うん」
直文は立ち上がり、俯いている俺の顔を覗き込んでくる。
「まず言っとくけど、俺は春くんのことを本気で好きじゃないし、春くんだって同じだ。俺は今付き合ってるパートナーが大好きだし、春くんだってお前のことが本当に大好きだ」
「それはさっき……春に何度も言われたよ。お前とは一度きりの関係だって」
やっぱり、性欲処理をしたかったのか。
それだったら店に行って抜いてもらえば良かったのに。
わざわざ元彼を選ぶだなんて、俺に対しての当て付けか?
「そうか。で、なんで春くんは、俺を誘ったんだと思う?」
「……だから、手っ取り早くセックスできるって思ったんだろ」
「あぁ、セックスはしていないよ」
「は?」
「勃たなかったんだ、春くん。ふにゃちんもいいとこ。ちくわ。マシュマロ。ゼリー。あ、はんぺんの方がまだ硬いかもってレベル」
例えが下手すぎでよく分からないけど。
勃起しなかった?
どうして。性欲処理がしたくて、直文を誘ったのに?
目を瞬かせていると、今度は春が割って入ってきた。
「本当だよ。俺、ふにゃちんだったんだ。今俺を勃たせられるのは、しーちゃんだけだよ」
「だってお前、浮気したって」
「同じベッドに入って、直ちゃんの体を触った。しーちゃんの気持ちいいところを覚えてるって言うから」
「……さっきから、言ってる意味がよく分かんねぇんだけど」
「健気じゃねえか。恋人にもっと気持ちよくなって欲しくて、俺に頼み込んでくるだなんて」
春と一緒に、直文を見る。
直文はなぜか誇らしげな表情だけれど、俺は未だに腑に落ちなくて呆然としている。
「え、つまり、直文に俺の気持ちいいところを、手取り足取り教えてもらってたってこと?」
「うん」
「なっ」
んだそれ。
そんなことってある? エロの勉強会みたいなもん?
正直、信じられない。二人で口裏を合わせて、そういうことにしとこうと言えばどうにでもなる。俺を騙そうとしているに違いない。
直文はなぜか春を横に退かして、俺の目の前に立った。
「まぁ口で言っても信じてもらえないかもしれないけど。俺だって一応、今のパートナーが大切だし悲しませたくはないから、春くんとはキスもしてないよ。手でちょっと、握らせたりとかしたけど」
「握らせてんじゃねぇかよ!」
「けどそれだけ。だから、春くんと別れるだなんて言うなよ。春くんがお前に良くなってほしいって思うのには、もう一つ理由があるんだ」
「なんだよ」
直文は、春に目配せをした。
言ってもいいか、というような表情だ。
春は何かを察知したみたいで、思い切りかぶりを振っているのにも関わらず、直文は無視をして俺に向き直った。
「お前、春くんに『好きだ』とか一度も言ったこと無いだろ」
ぎょっとして、背中に冷や汗をだらだらとかき続けた。
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