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小谷くん
「俺と別れよう。」
いつものように一緒に弁当を食いながら付き合って5ヶ月の男に、そう告げた。
「わかった。」
そう言って空になった弁当箱を持ち、立ち去っていく後ろ姿を納得した気持ちで眺めていた。
初めて見た時、無口で無表情の小谷が俺は怖かった。身長は高いし、体は鍛えられ厚みがあるし、剣道をしている為ピンとした姿勢も相まって、威圧が凄かったんだ。
満員電車で押しつぶされそうになっていた時、息苦しさが無くなり後ろを振り返り見上げると小谷が庇うように後ろに居たんだ。意外な優しさを知って、小谷を目で追いかけるようになった。
好きと気付いてからの俺は、猛烈にアタックをした。
毎日のように告白をしてどこが好きかを、周りが引くくらい言い続けてた。
そんな俺の努力も1ヶ月で実った。ほんのり頬が赤く染められ、少し下がった眉が可愛かった。
昼は弁当を一緒に食べ、ご馳走様を言う時少しだけ上がる口角を見て今日のおかずは良かったんだなって気付くようになった時は嬉しかった。
帰宅部の俺は、剣道部の小谷が終わるのを教室で待ち、俺が降りる駅まで一緒に帰る時間が好きだった。とにかく喋る俺を静かに聞いてくれて、たまに相槌をくれる。そんな時間が長く続けばいいなぁ、離れたくないなぁって思ってた。
休日に俺は何もする事が無く家でダラダラしてた。
夕方になり愛犬のポチを散歩に連れて公園に行ったんだ。
涼しくなった公園には遊具で遊んでた子供達が帰る姿や、ジョギングをしている人も居て、この時間なのに結構人が居るなぁと思ってふとベンチに座る二人に気付いた。
楽しそうに話し合う二人。
一人は小谷。もう一人は友人の伊瀬。
伊瀬は俺に気づいたが、小谷は死角になっているので気付かない。
そして伊瀬は自然と近づき小谷にキスをしたのだ。
散歩も途中にしてしまって、ポチには悪いが俺はそれどころじゃない。
先ほど見た光景が離れなくて、ショックで辛いのに、けどどこかで納得している自分も居たんだ。
俺には笑いかけてくれない。話しかけてくれない。手が触れることもない。
触れてる時なんて満員電車で仕方なくだ。
俺に好きも言ってくれなかったしな。
そう言うことかぁ。
泣き疲れてそのまま床で寝ていた俺は見事に風邪をひいた。
行ける気もしなかったし、ちょうど良かった。
そして3日休み、いつものように一緒に弁当を食べて、小谷に言ったんだ。
ほんの少し期待してた。なんでだ?って聞き返される事を。嫌だって言ってくれる事を。
けど、うるさくてしつこい俺に折れて付き合ったくれたんだ。
ちゃんと伊瀬に返してやろう。
教室に戻る気も起きずに保健室に行き、夕方起こされるまでしっかりと寝てた。
病み上がりなんだから、無理はしないでちゃんと休む事!と保険医に小言を言われた。
「迎えに来てくれているから一緒に帰ってね。ちゃんと送り届けてよ。」
カーテンを開けながら話している保険医に、誰に言ってるんだ?と首を傾げながらベッドから立ち上がる。
目の前には不機嫌な顔の小谷と左頬に湿布を貼って半泣き顔の伊瀬。
帰るぞと言い俺の鞄を持つ小谷が俺の手を引いて歩く。その後ろから伊瀬が追いかけてくる。
その時の俺は、初めて繋がれたゴツゴツした小谷の手の感触が気になってた。
そのまま学校近くの公園まで連れて行かれた。
鋭い眼光で伊瀬を睨みつける小谷を見て、今の小谷なら人を殺せるんじゃないかと思った。
伊瀬は悔しそうに唇を噛み、涙を溜めた目で俺を睨んでくる。
どう言う状況なのか、意味が分からない。けれど何かを言うことは憚れる気がして何も言えない。
はぁとこぼした小谷の溜息に、ビクッと肩を揺らしたのは伊瀬だった。
「悪かった。」と大粒の波を流し悔しそうに伊瀬は言うが俺には何のことなのかさっぱりわからない。
「何が?」と聞き返したのは仕方ないと思うのに、伊瀬は唇を噛み締め睨んでくるままだ。
「ともはる。」と、伊瀬を呼ぶ小谷のドスの効いた低い声に今度は俺の方がビクッと肩を揺らした。
「お、俺が、二人の、邪魔をしたこと。」
涙を静かに流しながら、少しずつ話してくれた。
二人は幼馴染で、ずっと一緒にいて伊瀬は小谷が好きだった事。
高校に入り小谷が俺を好きになっている事に気づいた事。
どうせうまく行かないだろうと思っていたら付き合う事になってて伊瀬と小谷が一緒にいる事が無くなった事。
先日久しぶりに二人っきりで会えたのに、小谷は俺の惚気話しかしなかった事。
その場に居た俺に気付き、二人の関係が壊れて仕舞えば良いと小谷にキスをしようとした事。
そして拒絶され、キスしようとした所を俺に見られたから振られるだろうと言った事。
本当に俺から別れ話をされ怒った小谷に伊瀬が殴られた事。
話しながら大泣きしていた伊瀬も全てを言い終わる頃には落ち着いていた。
先ほど渡した俺のハンカチも役に立ったようだ。
「伊瀬、ごめんなさい。小谷の事取っちゃってごめんなさい。二人の時間!!お返しします!」
「「は?」」
「いやだって、昼飯の時、俺たち別れたから。それに、小谷は伊瀬のこと好きだよ。」
「な、何言ってんの?」
「だって俺と居ても小谷は楽しそうじゃなかった。」
泣きたくなくて、俯いて顔を隠したかった。だって泣き落としなんてダメじゃん。
「ヒィッ!ほ、ほんと待って、俺の話を聞いて?お願い!」
「本当にごめんね。俺じゃダメ何だよ。俺じゃ」
「もう良いか?」
ヒィッ!!
小谷を見て後悔した。腕を組み俺と伊瀬を睨みつけて居る小谷が居た。背中に鬼が居る!!思わず後ずさって、伊瀬に抱きついた俺は悪くないよね!?怒りのレベルが上がったのか本当に顔圧だけで人が死ぬ!!俺が死ぬ!!
「ともはる、二度目は無いぞ。」
頭がとれそうな勢いで縦に振っている伊瀬にしがみついて居る俺の手に力が入っていく。
「道佳、いつまで、ともはるにひっついているんだ?」
伊瀬にはドスの効いた低い声なのに、俺にかける声は、悲しそうにけれど、どう声をかけて良いのか迷っている声だった。小谷大好きな俺は、迷子のような小谷が可愛いと思ってしまった。
「けど、別れちゃったよ…。俺たち。もう終わっちゃったじゃん…。うわああぁぁぁぁ。」
その時、自分が言った別れようってって言葉の意味を理解したんだ。理解して、悲しくなったのと、小谷の俺に対する思いがわからなくなってもっと悲しくなったんだ。
腕を引っ張られ、小谷の胸の中に引き込まれた。小谷の匂いを、体温を、鼓動を感じてそのまま……、意識を飛ばした。
あの日、俺は小谷の腕の中で安心したのと泣き疲れたのも重なって、熱をぶり返して39度も有ったらしい。
気が付いたら真っ白な部屋で死んだのかと思った。
1日経ってから目を覚ましたので、熱は下がっていたけど、もう一日入院させられてしまった。
病院の外には小谷が居て黒塗りの高級車に乗せられてそのまま小谷の家の車で小谷の家に連れてこられた。
小谷がバグった様で、今は後ろから抱きしめられながら、四人が座れそうなでかいソファ真ん中に座っている。
「小谷、俺に言うこと100個くらい有るよね?」
小谷をビクッとさせるくらい低い声が出るほど俺は怒っている。
連れてこられた家は、電車に乗る必要が無いほど学校から近いとか聞いてない。
お抱え運転手が居るお家柄何て聞いてない。
玄関に着いたら、厳ついスーツ姿の大人達に頭を下げられてお出迎えされるなんて聞いてない。
そもそも迎えに来るなんて聞いてない。
それに・・・・小谷が俺をどう思ってるのか聞いてない。
俺の手に重ねてくる小谷の手の甲を抓りながら思いつくままに愚痴ってやった。
小谷は手の甲が真っ赤になっても俺の好きにさせて何も言わずに聞いてくれてた。
「俺は、高校の入学式で見た時から道佳が好きだ。一目惚れだったんだ。けど、家業がヤクザだから怖がられると思って、伝える気は無かった。道佳が満員電車で潰されて辛いと聞いて、助けたかった。初めて道佳に告白された時さ、見上げてくる瞳をまた見たいと思って、告白され続けてた。」
静かに小谷の両手を外して立ち上がり歩き出した。
3歩出す前に、またソファーに戻されたけど。
「ごめん!待ってどこ行くの?」
「帰る。」
「ちょ!本当に待って聞いて?お願い。」
「・・・・・・・」
この後、どれだけ俺が好きなのか聞かされてグッタリした。小谷は今までが嘘のように俺から離れず、一緒にご飯を厳ついおじさん達と食べて、一緒にお風呂に入って。
「何で一緒なの!?おかしいでしょ!?」って俺が言ってみても小谷はやっと全部言えたんだから今までの分を取り戻すって、ちょーーーー良い笑顔で言われた。
俺の抵抗なんて些細なもんで、そのままパックリ小谷に食べられましたとさ。
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