15 / 28

こんなオメガ好き

夕方のファミレスは学生がいっぱいで、溢れかえっている。 いつも纏わりつく俺を蔑む声も、忌み嫌う目もここには無い。 他校に通う友人と日々の煩わしさも忘れ、映画と買い物を楽しんだ。 楽しすぎて昼飯を食べる事も忘れていた。 空腹で耐えきれなくなった俺たちは、ファミレスに駆け込んだのだ。 ファミレスの二回席、高い仕切りの横に座り、オムライスを注文。 友人はハンバーグセットとドリンクバーを注文。 友人が席を外している間にスマホを見る。 婚約者の彼に、朝送ったメールは未読のままだった。 仕切りの壁に軽い振動が伝わり、隣の席に誰かが座った事を知った。 何気なく聞こえた声は、婚約者の彼。 「あーーーメール来てたわ。」 「はは、婚約者からか。なんて?」 「今日は映画見てきます。だって。勝手に言ってろよ。」 「あはは、ひっでぇなぁ。」 「親が勝手に決めた奴だぞ?Ωだけど、あれじゃ勃たねぇよ。」 「婚約者かぁ、面倒くさいよな。」 「マジで、面倒くさい、解消してくれねぇかなぁ。」 と、散々な言われよう。 その後、誰かが来たのだろう。 ホテルに行こうと婚約者の彼が誰かを誘い去っていったようだ。 俺は気にすることなくドリンクを両手にスッキリとした顔で戻ってきた友人と楽しく映画を語り尽くして別れた。 そして俺はその足で婚約者のお父様の会社に行ってきた。 途中からだけど、録音していた彼の声をきかせて、婚約解消をお願いしてきた。 これ以上周りから傷付けられるのは辛い。 そして彼の、…浮気と言って良いのか判らないが…、誰かを抱き続けるのを見聞きするのも疲れた。 守ってやれなくてすまないとお父様に謝られた。 パパもお父様から連絡を受けていたのだろう、俺がここに来て30分も経たないのに来てくれた。 婚約は解消になった。 元婚約者のお父様もパパも気にする事は無いと笑って言っていた。 こんな婚約者で申し訳ないと伝えて欲しいと頼んだ。 俺は元婚約者の彼から貰っていた、指輪とネックガードを泣きながらゴミに捨てた。 元婚約者が色々な方達と遊んでいたのは知っていた。 それでも俺が婚約者だから、最後には帰ってくると思っていた。 けれど彼は、婚約者で有る俺を見る事もなく、可愛い子達が伸ばす手を取っていたのだ。 手を取ってもらえた子達は、わざわざ俺に報告をしてくる。 彼がどんな風に求めてきたとか、何回も一晩で夢を見させられたとか。 早く彼との婚約など解消すれば良いと言う言葉と一緒に。 新しいネックガードはパパがくれた。 僕の好みを良くわかってる。 俺の好きな水色で、一目で気に入った。 柔らかく肌触りも良い。 薄く香る匂いが、悲しい気持ちを落ち着かせてくれた。 怖くて逃げたくなったが、元々誰かに守られていた訳では無いのだ。 ネックガードを指先でそっと触り、昨日感じた匂いを思い出す。 彼らが望んでいた婚約解消を喜ばれはすれど、こちらに攻撃してくる事は無いと思いたい。 やはり婚約解消の話は一夜にして広がっていたようだ。 Ωの子たちは口々に「あんな平凡は解消されて当然よ。相応しくないもの」と俺を言葉で攻撃する。 元婚約者の横にはアルファ達が集い、良かったね、あんな奴から解放されて、と祝いの言葉を掛けている。 きっとそれはそれは嬉しくてたまらないって顔でいるのだろう。 本を読んで誰の顔も見ずに過ごしていた俺にはわからない。 そんな騒ぎも、翌日には呆気なく無くなった。 こんな時期に編入生が来たのだ。 クラスメイトが興奮して話しているのをまとめる。 背が高い、顔は良い、頭も良い、運動神経もいい、しかも有名企業の御曹司。 元婚約者の彼は編入生と幼馴染で、一緒に行動をしているよう。 俺は思い出そうとしたけれど、元婚約者の顔しか浮かばなくてやめた。 昼休憩に二人が連れ立って食堂に入ってきた。 編入生はこの学校には番を求めてやってきたと言うのだから、みんなが色めき立つのは仕方ない事だろう。 ただ、黄色い歓声がうるさい。 耳にキーンと痛みが来るほどだ。 まだあと少し残っているが、食べる気が失せたので席を立つ。 食器を洗い場に持って行き、ありがとうと一言かけて、教室に戻ろうと歩き出す。 まだ時間がある。 あの教室に戻るくらいなら人気のない裏庭に行こう。 ほのかに鼻をくすぐる匂いが気になりそちらに視線をやる。 人が溢れかえる食堂の中で、一際目立つ彼と目が合う。 裏庭に向かおうとしていた足は止まり、意識が彼で縫いとめられてしまった。 俺よりも20cm以上はあるだろう男が、早足で歩き俺のそばまできた。 どこか懐かしい匂いを感じとり、このままずっと一緒に居たいと思ってしまう。 「ユウ、久しぶり」 俺を懐かしむように眺め、まるで宝物を扱うようにそっと優しく頬を撫で、目に掛かるほど長い前髪を撫で上げ、額に口づけを一つ。 彼の手に擦り寄る俺を、包むように優しく長い腕を絡めるように抱き、アルファのフェロモンで覆ってくる。 胸いっぱいに吸い込んだ彼のフェロモンに促され、俺のフェロモンも溢れ出てくる。 混ざり合う二人の濃厚なフェロモンが瞬く間に食堂内に広がっていく。 突然のその光景に誰も何も言えず、唖然と眺めて居る。 静まる空気を破ったのは、元婚約者の彼の声だ。 「ハルト何をしている!!そんな奴に!」 取り乱した元婚約者の苛立った大きな声とドスドスと床を叩くように歩く音で、ザワザワと周りが騒ぎ出した。 「何って?俺の番を抱きしめてるだけ。」 元婚約者から隠すように俺を抱き締めたままそう言って返すハルト。 「俺のって……そいつは俺との婚約を解消して平然としているような奴だぞ!?そいつのせいで俺は!」 「だから何?先にユウの手を離したのはリュウ、お前だろ?」 ハルトから威嚇フェロモンが出ているのだろう。 そして元婚約者の彼からも威嚇フェロモンが出ているのだろう。 二人の上位アルファから放たれて居る威嚇フェロモンを浴びて周りの人間は辛いのだろう。 恐れを抱いて青い顔で苦しそうに蹲るオメガたち。 立って居るのがやっとという感じのアルファ達。 倒れて居るものも居るようだ。 「リュウが婚約者になってしまい、俺は運命を諦めた。リュウなら幸せにしてくれるだろうと思ったからな。」 「ユウが運命…?そんな事一言も…。」 「リュウがユウを気に入って居ることを知っていたからな。その時の俺にはユウを手に入れられる力がなかったし」 悔しそうに下唇を噛み思い出して居るハルトは俺の頭を撫でながら、額に何度も口付けを落とす。 「やっとユウがリュウの事を要らないと言うんだ、もう指を加えてみてる子供じゃないからね。ユウを手に入れる為に付けた力を発揮する時だよね」 グッと俺の背中に回された腕と頭を撫でていた手に力が入って、苦しく痛いほどに抱き締められハルトの気持ちが伝わってくる。 「リュウには、沢山の大事に出来そうな子が居るんだろ?俺はお近づきになりたくもないがね。」 「なっ……、何を言って…」 先程までの苛立ちが削げ落とされた顔は絶望に満ちていた。 「まぁ、元婚約者のリュウにはもう関係のない話だよ。二度とユウと会わせる事が無いからね。」 「ユウを傷つけるような奴は要らないから」 まるで鼻歌を歌うような楽しげな声でリュウに告げ、両手で俺の頭を上に向かせ覗き込んでくる。 「その顔は誰にも見せたくないね。」 すごく恥ずかしいけど、目を逸らしたくなくて。 だって俺が愛おしいってハルトの顔に書いてる。 目を逸らすことなんて出来ない。 見つめられるとドキドキと心臓が壊れそうなのに、好きが溢れて。 もう周りの騒音なんて俺の耳には届かず、ハルトと二人だけの世界。 額にキスをしてから俺を自分の上着で隠し軽々とお姫様抱っこをするハルト。 濃厚なハルトのフェロモンを嗅がされ、俺の理性は無くなった。 「んっ、はぁ、あ…、っ…、はぁ…」 ただハルトが俺をお姫様抱っこをして歩いているだけなのに。 敏感になっている体は僅かな刺激を拾ってしまい喘ぎ声が漏れていく。 もう俺の耳は煩すぎる自分の鼓動しか拾ってくれない。 「ユウ、待ちくたびれたよ。もう離さないからね。」

ともだちにシェアしよう!