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胃袋を掴む高校生の話
「きゃあああああああああ!」
「抱いてええええええ!」
「猪瀬様あああああああああああ!」
「国親様あああああああああああ!」
食堂は本日もうるさいです。
山奥に有る全寮制の男子高校の昼の一コマです。
見目麗しい生徒会メンバーが訪れると、キレイに整列した親衛隊が己の思いの丈を叫ぶと言う風習なんです。
初めて知った日には卒倒したよ。
俺は猪下 卓(いのした すぐる)この学校の2年生。一応、生徒会長である猪瀬様の親衛隊メンバーです。
親衛隊に入らないと許されないって言う意味のわからない風習があって、どこでも良いけど一番隠れやすそうな生徒会長にしたわけ。
親衛隊の人数が一番多いからね、末端まで把握しきれてないからいなくてもバレやしない。
けれども、不参加は自分が嫌なので後ろの目立たない位置で参加はする。
よし、今日も参加し終わったので、豚トロ丼だあああ!
さすがはおぼっちゃま高校!めちゃくちゃ上手いしボリューミー。
前世での高校時代は弁当だったからなぁ。
食堂有ったけど不味くて一回しか行ってなかったもんな。
12歳の時、中学受験の為にこの学園に訪れた瞬間、俺は前世の自分を思い出した。
前世の俺は部活にも勉強にも活発に取り組み、生徒会長も自分から立候補して真剣に取り組んでいたんだ。
まぁ、俺の高校卒業の日に色々と有ったんだけどね。
副会長に高校生活の最後に屋上から眺めてみようと誘われて行った先で、俺は突き落とされた。
何でも卒なくこなしていく俺が目障りだったんだと。
めちゃくちゃ努力したんだけどなぁ。
寝る間も惜しんで勉強して、部活の為に体力作りや食生活にも拘って、生徒会長としてみんなのお手本になれるように振る舞って。
あまり思い出したく無いのでこの辺で。
そんな訳で今世ではのんびりとして過ごしたい訳さ。
目立たないように波風立てないようにね。
前世の食に対する拘りは今世でも引き継いでいる。
なので基本は自炊なんだけど、火曜日と金曜日だけは親衛隊として食堂に来なければいけないので、週の二日だけはここで食うんだ。
後はのんびりと校舎裏で弁当食ってる。
まぁ、さっさと食い終わって校舎裏に行くけどね。
山奥の学校だから周辺は山しか無いんだよ。
この校舎裏には少し行った所に東屋があってさ、しかも誰も来ない。
初めて見つけた時、中めっちゃ埃かぶってて何年も使われて無かったのが分かった。
俺専用に色々持ち込んでるから快適よ。
ここの見つけた中学生の俺まじ優秀。
電気も通ってるし、水道も使えるんだよ。
ここで休みの日もたまに過ごすくらい気に入ってる。
今日のおやつは、バナナマフィン♪
ここ冷蔵庫が無いのがなぁ。
有れば良いのにと思うけど、冷蔵庫なんて持ち込んだら寮に帰らなくなりそう。
おやつと、紅茶でのんびりと読書だ。
今日の午後一は自習だし、昼寝も出来そうだな。
この学校の生徒たちの事嫌いでは無いんだけど、前世の俺の一般人としての記憶が邪魔をしてついていけないんだよな。
どこのブランドの何が良いとか。
俺もここに通うくらいにはお坊ちゃんでは有るからさ、高級品とかで着飾ったりして家柄と似合うように振る舞うのは分かるんだけど。
親の金で贅沢って言うのがなんだかついて行けない。
自分の稼いだ金なら良いんだけどね。
そんな感じで教室でいるのが苦痛でさ、ここに逃げてんの。
居なくても何も言われないくらいには空気で過ごしてるからね。
誰にもバレては居ないのだよ。
アラームをセットして昼寝でもするかぁ。
「おやすみ〜」
ー♪ーーー♪ーー♪
どこからかアラーム音が聞こえてきた。
日々の生徒会の仕事と勉強、それから周りの人間たちに疲れ、誰も居ないであろう校舎裏に来たのだが。
音の鳴る方に足をすすめると古びた東屋が有った。
中に入ると外の景観からは想像できないほど綺麗に掃除され、テーブルの上には飲みかけの紅茶のカップとティーポット、カップケーキが置かれている。
その横ではアラーム音も気にならない程よく眠っている男がマットの上で寝ている。
この学園では家柄もそうだが、それよりも容姿が優れた者が多いのだが、この熟睡している男は何というか平凡な容姿で、どこに居ても紛れてしまうような普通の容姿だと思う。
[猪下]と書かれている名札を見て納得した。
猪下グループの会長が再婚してその相手との子だったな。
その当時、どこに惚れたのか分からないと言う程普通の人だと噂になっていたのだ。
そして鬼神と言われる人を変えた再婚相手が来るというので、怖いもの見たさの父親に連れられたパーティーで見た事がある。
本当に普通の人だったのだ。
けれどもその普通の人と片時もそばから離れず、本当に鬼と恐れられる男なのかと目を疑うほどの溺愛ぶりだったのを覚えては居るが。
ここで熟睡しきっているこの男は……眉間に皺を寄せ鼻を手の甲で擦り、腹を掻きながら半開きの口からはイビキが出ている。
人の寝相にとやかく言えないが。
あの二人の子供なのだろう。
奥さんとそっくりな容姿だ。
机の上のカップケーキは手作りか?
悪いなぁとは思いつつ興味の方が勝ったのだ。
声に出さずにいただきますを言い、一口食べてみる。
バナナの香りがほのかに香り、絶妙な甘さが後を引く旨さだ。
ついでに紅茶も飲ませてもらい、まったりとした時間も良いなぁと思う。
「あーーアラームうっさいなぁ」
うお!やっば6時間目始まってんじゃん。
あー体育だしいっか。
「やっと起きたのか?」
!?!?!?
メガネどこ!?
メガネをかけてみると目の前には生徒会長が丸椅子に座って紅茶を飲んでる。
机の上にはカップケーキのゴミが残ってる。
「え?何でここにって俺のマフィン勝手に食うなよ!うわ!紅茶も飲んでんのかよ。もう何で勝手に食うかなぁ。寝起きの楽しみにしてたのに!!」
猪瀬様もポカーンとした顔で見てるし。
あ。。。。俺終わった。。。。
生徒会長で有る猪瀬様にタメ口だし、悪態ついてしまったし。
気まずさマックスで居た堪れないデス。
静かにマットに正座で座り、すみませんと謝った。
けど時すでに遅しだよなぁ。
学校退学だけはやめて欲しいなぁ。
チラッと猪瀬様の顔を見てみる。
ん?口元隠して、お腹抑えて肩震わして……
「何笑ってるんだよ!」
「は?……あははははは!起きたと思ったら怒ったり、おとなしく謝ったと思ったら怒ったり。忙しい奴だな。」
あれ?猪瀬様ってこんな人だっけ?と言うか笑いすぎだろこの人。
いつもみんなに氷の氷帝って言われるくらい恐れられてるのに、目の前にいるのは普通の高校生じゃん。
つか、いつまで笑ってんだよ。
「わるい悪い。そのままでいいよ。どうせここには俺と猪下しかいない。口調も普段通りで良いよ。」
「本人が言うならね、良いか♪紅茶入れ直すけど、飲みます?」
「あぁいただく」
「てかここ会長にバレたって事は、立ち入り禁止とかになります?出来たら卒業まで使いたいんですけど。」
「ここはうるさく無いから、俺も気に入った。俺も使わせてくれるならそのままで良い」
「なら良かった。マフィンは。。。もう食べられたか。」
「バナナマフィン美味しかった。あれは手作りか?」
「そそ、昨日の夕飯と一緒に作ったんだよね」
「俺の分も作ってくれないか?また食べたい」
「別に良いよ〜大抵ここにいるし来れるならいつでもどうぞ。この土日は忙しいから寮の部屋から出ないけど」
「そうか、なら月曜日にまた。」
ありがとうと言い猪瀬は去っていった。
バレたのは焦ったけど、使えなくならないのなら、お菓子の一つや二つ気にしませんよ。
話しいてみて分かったのは猪瀬は普通の高校生だったって事だな。
その後も昼食後にはここに来て猪瀬とオヤツを食べるのが習慣になった。
特に何をするわけでもなく、お互いにのんびりと過ごす。
読書をしたり、たわいもない話をしたり、おやつを食べたり。
そんなある日。
「あれ?今日は早いじゃん。食堂行かなかったの?」
いつもなら食堂にいる時間の猪瀬が具合が悪そうな顔してマットに寝そべってる。
額に手を当て熱がないか様子を見てみるが、疲れてるのかな?熱は出てなさそうだ。
最近、学園祭やらテストやらで忙しかったもんな。
もう少し寝かしといてやるか。
毛布を掛けようとすると目が合った。
「おはよう、もう少し寝てても時間は余裕があるぞ。」
「あー。。。昼休憩の時間か。仕事が片付いたから3時間目からここに来て、いつの間にか眠っていたみたいだな。」
「ふふっ疲れてるんだし、たまには休まないとな。昼飯どうする?俺の弁当で良ければあるけど。」
今日は寝ぼけて弁当を入れたのだが、夕飯の残り物が有ったのを思い出して、勿体無いからおやつがわりに食べようと持ってきてたんだよね。
お好み焼きだからおやつにもいける。
なので、ある意味二食分の弁当が有るのだ。
猪瀬分のおやつはちゃんとあります。
「箸も二つあるし、どうする?」
「ありがたい、頂きます。」
お茶を淹れて俺も一緒に食べる。
ご飯は半分個にして、おかずは好きに食べる。
猪瀬の食べ方を始めてみたけど、綺麗に食べるもんだなぁ、と感心する。
箸の使い方などの作法の躾がしっかりとされてるんだろう。
俺の家もそこそこ煩かったけどね。
未だにホークとナイフは肩肘が張って食べた気がしなくなる。
基本、箸が良いのだ。
多分、猪瀬は普通に使いこなすんだろう。
「大変美味かった。ごちそうさま。」
「お粗末様でした。」
「猪下は本当に料理が上手いんだな。煮物もお好み焼きも美味しかった。」
「口にあったようで何よりだ。おやつもあるけどどうする?」
「もちろんいただくさ」
「今日のオヤツは、大福です」
「猪下のご飯を知ったら食堂で食べる気が起きなくなるな。」
おやつも食べ終わり、いつものように読書をしつつ見やると猪瀬が深刻そうな顔で言ってるのが面白くて笑ってしまった。
「お褒めいただきありがとう。けど俺、火曜と金曜に食べる食堂のご飯美味しいけどなぁ。ボリュームも有るし。この間食べたサバの味噌煮美味かった!」
「食堂も美味しいけれど、猪下が作ったものだから、余計に美味しく感じるんだろうな。」
「何だそれ。恥ずかしくなりような事さらっと言うなよな。」
気恥ずかしくて、顔から火が出そう。
そんなに気に入ってくれたのは嬉しいけど、なんかその、なんていうか、その、俺のだからって言われたらさ、ねぇ?意識しちゃうじゃん。
そう俺は猪瀬と過ごすおやつタイムをかなり気に入っている。
猪瀬が一緒に居るのが当たり前のようで、会えない休日が寂しくなるほど。
そうです。
猪瀬が好きなんですよ!俺は!
「あーー猪下、ごちそうさま!急用が出来たから、またな!あ!それと猪下、しばらく来れないから!」
バタバタと慌てて東屋から飛び出していった。
そんな慌てる猪瀬を初めてみた俺は、呆けた顔で飛び出していった猪瀬の姿を思い出しながら予鈴が鳴るまでドアを見つめてた。
猪瀬が飛び出して行ってから、1ヶ月がたった。
あの日から東屋に猪瀬が来る事はなく、食堂で見かけるだけ。
1、2週は火曜、金曜だけでも我慢出来たんだよ。
3週からは会いたくて耐えられなくて、月曜日から毎日姿を見ようと食堂に行ってしまった。
いや〜漫画とかならさ、チラッとでも目があったりするシーンあるじゃんね?
あわよくば、と思ったけど、そんな事あるわけが無い。。。
切ないなぁ〜って乙女かよ!
今日は母から帰って来いと言われ久々の実家。
寛ぐこともなくスーツに着替えてホテルに到着。
両親は先にホテルに居るらしい。
ホテルで何をするのか、誰と会うのかわからず、のこのこ来たものの。
俺は猪瀬に会えない辛さがかなりのダメージでさ。
食欲も無いし、あまり寝れないし。
あ〜ぁ、恋って辛いよね〜。
案内された部屋には両親と。
「猪瀬!?何してんだ!?」
猪瀬の両親と猪瀬がいて、この1ヶ月会いたくて堪らなかった猪瀬がそこに居る驚きと、会えた喜びがごちゃ混ぜになって泣いてしまった。
猪瀬が駆け寄って抱き締めながら「泣くな泣くな」って、頭を撫でてくれたけど、なかなか泣き止めない。
猪瀬と触れ合った事はないけれど、猪瀬の声と猪瀬の香りをそばで感じて、離したくないって思えるくらいに、俺は猪瀬不足だったんだよ。
やっと会えた〜1ヶ月がどれだけ長く感じたか。
そのまま抱き合って居たんだけど、父さんの咳払いが聞こえて来て我に帰ったよ。
猪瀬がハンカチで涙と鼻水を拭ってくれて、手を引かれて席に着いたけど。
猪瀬の横に座らされ、だけど手は繋いだまま。
俺の父はニヤニヤしてるし、母はニコニコしてる。
猪瀬の両親は二人とも驚きが隠せないって感じなんだけど、何この状況。
なんとも居た堪れず、思わず俯いてしまった。
手を力強く握り直され、隣の猪瀬を見るといつもの笑顔でホッとする。
「遅くなってごめんね。」
猪瀬がこの状況の説明をしてくれた。
飛び出して行ったあの日、俺の父に交際の許しをもらいに行った事。
父から出された交際の条件は、起業する事。
自分の稼いだ金で生活をするという俺の考えを理解している父らしい。
俺は学園でかかる費用を全部返すつもりで、全部帳簿につけているからな。
もちろん大学の費用も返すつもりだ。
前世の俺は母子家庭で育って来た。
母の負担を減らす為に特待生で高校に進学をした。
それでも親族達の母に対する陰口はやまない。
だから生徒会長にもなり、優等生として過ごして来たんだ。
結局は親不孝にも、18歳という若さで死んでしまったけどな。
あの後、母さんは長生きできたんだろうか。
「ねぇ、猪下。やっと言うことが出来るようになったんだよ。聞いてくれる?」
「こんなに疲れるまで頑張ったんだろ?ちゃんと聞くよ、なに?」
「隠したつもりなんだけどなぁ?やっぱり猪下にはバレるか」
「分からないはずないだろ。化粧してまで目の下の隈隠すなんて。それに痩せた。」
「心配かけてごめんね。寂しい思いさせてごめんね。だけど、両家の許可もちゃんと取ったからさ、この先もずっと俺といて欲しい。ダメかな?」
「ダメなわけない!俺も一緒に居たい!」
猪瀬の首にしがみつき、子供のようにワンワンとそりゃもう、親達もドン引きなくらい嬉し泣きした。
「んふふふ。せんちゃんもこれで幸せね」
思わず母を振り返った。
母は目元をハンカチで押さえながら、ニコニコ笑顔。
「せんちゃんて……何で……知って……」
「あれれぇ?気付いてなかったの?お母さんは生まれてきたあなたの顔を見て、また産まれてきてくれたんだって、嬉しかったのに」
「だって、母さん男の体だし……そんな素振り全然……」
「お父さんが、構いすぎるとうるさいんだもの〜中学になるといきなり引き剥がすし。ほーんとやんなっちゃうわよね。」
片目を閉じて小さく舌を出してる姿はまさに前世の母さんの仕草で。
「何の話だ?二人で会話してないで、詳しく説明をしてくれ!」
一人仲間はずれにされて寂しそうにする父と、猪瀬家族にも俺と母さんの前世の記憶を話したんだ。
俺はせんちゃんと母さんから呼ばれていたこと。
母さんと二人で支え合って生きてきた事。
他にも色々と話した。
みんな驚いて居たけど、猪瀬のお母さんは号泣しながらも「この時代でも巡り会えて良かったわ、いっぱい幸せになりましょうね!」と言ってくれた。
「母さん。18で死んでごめんね。あの後長生きできた?」
「お母さんね、貴方の死を聞いて会社から飛び出してね、慌ててよく見てなかったから、トラックに跳ねられちゃってそのまま死んじゃったの」
「はあああああああ!?可愛くテヘペロしてもダメだよ!!」
「えーなーんでそんなこと言うかなぁ!大体ね、アンタが先に勝手に死ぬのが悪いんでしょうが!」
ダン!と机を叩きながら怒って来るけどさ!
「仕方ないだろ!!副会長に屋上から落とされたんだからさ!!卒業式も終わってこれから仕事頑張らないとなぁとか考えてさ、母さんに少しは恩返しできると思ってたのに潰されたんだぞ!」
ダン!と思わず俺も机を叩いてしまう。
「はああああ!?そんなことで大学進学辞めたの!?アンタ本当にバッカじゃないの!?大学行かせて良いところに就職して幸せ掴んでもらう為に頑張ってたのに!!ほんと信じらんない!あのね、この際だから言っておくけど、親はね、子供のためならどんな事でも耐えられるの!子供が親の為に犠牲になる必要なんてないの!いい!?ちゃんと自分の幸せ考えな!親は親で自分の人生を生きてんだから、あんたはあんたで今世の自分の人生を生きてくのよ!わかった!?」
「母さん……だけど……」
何も言い返す言葉が出てこない。
だって前世では母さんと二人で支え合って生きてきたから俺だけが幸せになるなんて思えなかったんだ。
「はいは!?」
「はい!!!」
「よし!じゃあ食事でもしましょうか」
こんな母さんと俺とのやり取りを静かに見守ってくれていた猪瀬家族はニコニコ優しそうな笑顔で。
仲間はずれの父さんは、面白く無さそうだ。
運ばれて来た料理はどれも豪華で美味しい。
食事も和気藹々とした空気で終わり、猪瀬は俺の横で終始笑顔で居てくれた。
コーヒーが運ばれて来て、食後の一服中。
「あ、そうそうお父さんとの約束だけど、大学卒業するまでのお金は気にしないで好きにしなさい。子供が親の財布心配してんじゃ無いわよ。そんな甲斐性なしと結婚した覚えはないからね!」
「え?何で知ってんの?父さん言ったの?」
母さんの爆弾発言に渋い顔をする父さんは何も言わない。
「あのね〜中学からかかった費用は、将来払うって言われた時の父さん、そりゃあもうこの世の終わりってくらい凹んでたのよ?知らないでしょ?」
母さんニヤニヤしながら、父さんの頬を指でツンツンしない。
イチャつくのは二人っきりでして。
「嘘だ〜すっごいニコニコ笑顔で気味悪いくらいだったのに?」
思い出してもゾッとするくらい、ニコニコしてたけど目が笑ってなかったんだよね。
「そりゃそうでしょうよ、自分の息子から頼っても貰えないって他人のように言われた〜ってあの時の父さんを慰めるの大変だったんだからね!」
「うわぁまじか。父さんごめんなさい。そんなつもりは無かったんだよ。ただなんて言うか、お金がかかるところに通う事になったし、前の記憶があったから、なんかこう、甘えるのが悪い気がしてただけなんだ。」
父さんの気持ちも考えずに俺の気持ちだけ押しつけてしまった事が申し訳なくなって来た。
父さんが何か言おうと口を開くが、母さんのおしゃべりは止まらない。
「そんなことだろうと思った。贅沢もしないし、必要最低限なところで生活してるなぁって思ってたもの。服だって買わないし、私が買わないといつまでも同じ服着てるし。」
「いやいやいや、着れるものが有るのに勿体ないじゃん。どうせ学校にいたら寮くらいしか普段着に着替えないのに。」
「その寮で着る服ですら、ほっといたらジャージで過ごすじゃない!!どうせこの間送った服すら箪笥の肥やしにしてんでしょ!?」
「なぜわかった。。」
俺しか部屋に居ないし、ジャージ楽だからなぁ。
出かけることもないし、おしゃれの必要性を感じないんだよな。
楽なのが一番!って思うとジャージが良いんだよな。
「ほらね〜そんなこったろうと思った。これからはそんな事じゃダメだからね!」
「何でだよ?」
「あーのーねー!うちもデカイけど、猪瀬さんの所もデカイのよ!!そこの人間がアホな格好が許されるわけないでしょ?ただでさえ無頓着なんだから、猪瀬くんに見立ててもらいな!アンタは口出ししちゃダメだからね!」
猪瀬くん任せたわよって言うけどさぁ。
もちろん、任せてくださいって嬉しそうだな、猪瀬くんよぉ。
「うーん、その辺わかんないしなぁ。猪瀬に任せて良いのか?俺どんな物でも気にしないからな?」
「良いよ!俺に任せて大丈夫だから!猪下のコーディネートは俺がするよ」
「じゃあ、よろしくお願いします。高い物は要らないからな!そこそこで良いからな?」
あーこの笑顔は、父さんよくするやつだ。
やましい事がある時、誤魔化す時の笑顔。
任せると言ったしなぁ、聞いちゃダメなんだろうなぁ。
思わず遠い目になるわ。
「猪瀬くん、値段はバレないようにしないと受け取ってもらえないよ。母さんも同じだったからな。最初プレゼントで服やら宝石送ったら嫌がられたんだよ。あの時はどうしたら良いのか分からず困ったよ。今まで知り合って来た者は、喜んだのにね。本当に嫌そうな顔して、謹んでお断りいたしますので、二度と来るな!って言われたなぁ」
「ちょっと、そんな事今バラさなくても良いじゃないの!」
「あー母さんは物で釣られないからなぁ。前世でも、物で言い寄って来た男達をくそっカスに言って追い返してたもんな」
「「「ちょっと詳しく」」」
二人の父さん達と猪瀬がすごい圧で食いついて来たんだけど、父さんは分かるけど猪瀬親子までなんで?
「母さん、バリバリのキャリアウーマンでさ、上司とか取り引き先の人とかが家まで押しかけてくる事が有ったんだよ。その度にさ、金で人の気持ちまで買えると思うな、このクソ野郎が!って、背負い投げしてた。母さん有段者だったのもあるけどさ、スーツにハイヒールでキレイに投げ飛ばしてた。」
「いやん♪キレイだったとか、照れる〜」
3人とも微妙な顔して母さん見てるし、母さんはそんな事は気にせず、体をくねらして照れてるけど、母さんそこじゃないよね?
「ンフフ、また習いに行こうかしら。」
あら、私も習おうかしら?って猪瀬の母さんと意気投合しかけてる母さんを止めに入る!
「母さんやめてあげて、ただでさえ父さん口で母さんに勝てないのに夫婦喧嘩する度に被害がデカくなるのが想像できる。」
「絶対に習わすわけには行かないな。」
猪瀬の父さんも父さんに同意見らしく、力強く頷いている。
「まぁ、物で釣るくらいならのんびり一緒に過ごしてくれるのが一番良いよ。一緒にご飯食べたり、本読んだり、そんなのが幸せだと思う」
「そうだな、いつもあそこでいる時は幸せだと思っていたからな。寮も同じ部屋になるし、いつでも一緒に過ごせるからな。」
「そうなの!?え?良いのか!?」
もう荷物も猪瀬の部屋に運び込んで有るらしい。
調味料とか運ぶの面倒だったろうなぁ。
そんな事よりも、ずっと一緒に過ごせる方が嬉しくて仕方ないよね!
「食事は任せてくれ!仕事もパソコンは使えるから多少は役に立つと思うぞ。」
「お母さんも久しぶりに食べたーい♪折角だからさ、みんなでうちに泊まってさ、お母さん達も一緒に卓のご飯食べましょうよ♪」
猪瀬親子も明日は休みらしく、みんなでうちに移動した。
「母さんの手伝い要らないからな」
「ちょっと失礼ね!今は作れるようになったのよ?」
「父さんその辺どうなの?俺わかんないんだけど」
無言の父さんになんとなく察したわ。
仕事はできるし掃除はなんとかなってたけど、料理だけは壊滅的だったからな。
今世では、料理長が居たから気にして無かったけど、多分近寄らせない方が身の為だろう。
冷蔵庫の中身も色々有るし、今から飲む父さん達の為に酒のつまみを作っていく。
猪瀬は楽しそうに俺の調理姿を眺めてる。
「猪瀬、あーん」
出来上がる度に味見をさせていく。
上手いって褒めてくれるの、嬉しくてついつい作りすぎちゃうよな。
大人たち4人は放って置いても大丈夫そうなので、俺と猪瀬は俺の部屋に。
「ここが猪下の部屋かぁ。」
「適当に座ってよ。そんなにジロジロ見んなよ。中学から学園生活だったからそんなのは無いけどな」
二人でソファーに腰掛けて居るんだけど、今更ながら意識しちゃって、恥ずかしい!!
「あのさ、色々と勝手に決めてしまってすまなかった。あの日猪下とずっと一緒居たいと意識してさ、俺の為にご飯も作って欲しいって願ったらさ、叶えたいって思ったんだよ。」
すごく真剣に考えてくれて行動してくれた事は物凄く嬉しいんだけど。
「猪瀬さぁ、それよりも先に俺に言う事無い?」
キョトンとして固まっちゃったけど、何も分かって無さそうだなこれ
「一緒に居られる方法を考えて、父さんの条件もクリアして凄いと思うけどさ、俺達まだ名前も苗字で呼び合ってるし、何よりもさ、気持ちも教えてくれて無いんだけど?」
「あ。。。すっかり両思いだと思っていたよ!!ごめん!えーっと、卓くん、俺は君が大好きだ!結婚してください!」
いきなりプロポーズかよ。
色々すっ飛ばしてるし有る意味それで合ってるんだよな。
「俺も慶光が大好きだ!結婚お受けします!二人で幸せになろうな」
慶光に抱きしめられ、俺も慶光を抱きしめて。
その日初めてキスをしたんだ。
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