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勝ち組人生のはじまり_2
世界の富の半分以上は、ごく一部の上層階級に集中している。その上層階級がアルファと呼ばれる人種たちだ。
人種、と呼ぶのは、つまりその差が自然発生的な集団の差であるからだ。はっきりと言えば遺伝子の格差。俺たち人類は見た目こそ同じ姿形をしてはいるが、能力レベルで絶対的な格差と壁が存在している。
人類は長い間お互いに争い潰しあった末に、この差を動かし難い自然現象として社会に取り入れ、身分制度を作ることによって種の存続を続ける道を選んだ。
三種はちょうど三竦みのような関係で、どれが欠けても人類は衰退するしかない。お互いに差別することなく、争うことなく平等に。そんな白々しい建前がいま現在も通用するのも、結局のところ格差の原因が本能に近しい部分を支配しているからに他ならない。
「成人おめでとう、亮介」
「ありがとう」
乾杯、と持ち上げたグラスを満たしているのはただの炭酸水だが、本日をもって俺こと『門脇亮介』は生殖年齢に達したアルファとして正式に認定された。
母が腕を振るって用意してくれたご馳走と、両親よりもにこやかで誇らしげな祖父母からのお祝いの品に目を細めながら、俺は十八年の人生で最高の瞬間を味わっていた。
「これで亮介のT大受験も正式に受理されるな。受けることさえできれば、お前なら必ず合格する。あと少し、頑張りなさい」
「本当に。亮介さんの努力が報われて、お婆ちゃん嬉しいわ」
「コラ、めでたい席で泣く奴があるか」
「だってあなた、これで美咲も報われたかと思うとわたし……う、うっ」
「お母さん、子どもの前でやめてよ」
感極まったのか、涙をハンカチで拭う祖母に、娘である母が困ったように眉を寄せてからちらりと父の方を見る。
そんな嫁一家の微妙な空気にも、父はいつもの笑顔で応えるだけだ。いや、そうするしか出来ないという方が、正確だろう。
「ばあちゃん、アルファって確定したんだから、もう俺の人生は決まったようなものさ。これからは大船に乗ったつもりで安心してろって」
「亮介ッ」
「まぁあ、頼もしい孫に育ったわねぇ。さすが私たちの孫ですよ。ねぇ、あなた」
「うむ、そうだな」
苦々しい顔で俺を睨む母に、知らん顔をしてグラスの中の炭酸水を傾ける。どんなに良識ぶったって、俺が両親のおかげで苦労をしたことに変わりはない。
アルファの祖父にオメガの祖母。翔平の家と比べれば劣るとはいえ、門脇家は決して平均的中流家庭などではない。アルファの男がオメガを娶るのも、昔から最も一般的な婚姻形態だ。
むしろ、代々アルファの男女でのみ子をなす榊家が、良い意味でのイレギュラーなのである。
「亮介」
それまで笑顔だけを浮かべていた父が、空になったグラスに炭酸水を都合とボトルを差し出してくれる。穏やかで優しい、けれどそれだけの男。
父は、元オメガのアルファだ。そして母はその反対。もうひとつのイレギュラー、最悪の掟破りである性反転の家族。それが俺の両親だった。
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