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勝ち組人生のはじまり_3
「ああッ、ごめん」
「ちょっ」
適当に注がれた炭酸水の泡がぶわりと膨れ上がり、あっという間にグラスからあふれ出る。
「うわぁ、助けて美咲ちゃん!」
「拭くものとってくるから動かないで、大丈夫よ」
慌てて台拭きを取りに走る母と、おろおろするだけの父。いつもいつもこの調子だ。たかが飲み物が溢れただけで取り乱す父親の姿に、もはやため息すらでない。
「健ちゃん、テーブル拭くからお皿持ち上げてくれるかな」
「まかせて」
誇らしげに言われたとおりに動く父と、それをえらーいなどと称賛してキャッキャする母に、蔑み以外のどんな感情を持てというのか。
これがいまの門脇家の大黒柱とは、情けないにも程がある。そりゃ俺の学費で家の資産も食い潰されるわ。
だがしかし、親がこうだからこそ石にかじりついてでも俺は名門校を卒業し、さらにはT大に合格し、それから司法試験に受からねばならない。代々検察官を務めてきた門脇家の人脈を絶やさないためには、俺の代で再びそれなりの地位を得ることが必須なのだ。
「ありがとう、美咲ちゃん。キレイになったよ」
そう言って微笑む父は、見た目だけは申し分ないほど完璧に整っている。
もともとオメガ性は、生まれつき容姿端麗で色気があるのが特徴のひとつだ。その特性を生かして水商売や風俗業を独占しているのだが、業界を取り仕切っているのが結局アルファなのは、空っぽに等しい彼らの残念な脳みそのせいである。
当時売れっ子ホストだった父と新米検事だった母は、本人たち曰く運命の出会いをした三日後に婚姻届まで出したらしい。祖父は怒り狂い、祖母は倒れたと聞いているが、二人の気持ちが俺には痛いほどよくわかる。
オメガに周期的におこる発情期のフェロモンは、アルファにとっては逆らい難い性衝動を突き動かす代物だ。本能を刺激されたアルファによる犯罪紛いの行為も昔は珍しくなく、両者が落ち着いた関係を築けるようになったのは抑制剤が開発された近代になってからである。
なんと不毛な関係だろうと、本日の主役をそっちのけでいちゃついている両親を冷めた目で眺めた。もともと何も考えていない父も、そんな男に狂わされ本能のままに積み重ねた全てを無にした母も、どちらも救いがたい大馬鹿だと思う。
挙げ句の果てに、どうしても子どもが欲しいからと性反転をしてまで俺を作った。貴方に会いたかったのよ、なんてお花畑な台詞には一円の価値もない。
反転薬が確立されていない時代には禁忌とされた組合せで番いになり、それだけでは飽き足らず子どもまで産む。お陰さまで今日までの俺の人生、つまり物心ついてから十八までという青春のど真ん中は、苦行にも等しい日々だった。
「俺は絶対に、ああはならない」
「ん、亮介なにか言ったか?」
「別にィ。さ、冷めちまうから食べよう」
笑いながら肯く両親は、俺にとって最高に駄目な人間の見本そのものだ。もし今日の判定がオメガだったなら、人生に絶望するどころではなかっただろう。
母が作った料理を口に運びながら、ふと今ごろ広い敷地を挟んだ隣で同じように夕食を取っているかもしれない翔平を思い浮かべる。
俺の憧れるものを全部持った、完璧で優しい幼馴染み。今日まで一度も俺を差別しなかったのは、榊翔平だけだった。
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