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勝ち組人生のはじまり_5

 俺の人生はいま始まったようなもの、人間関係の構築はこれからが本番なのだと力説すると、翔平は手紙の束を見下ろしてふうんと呟く。 「じゃあこの手紙をくれた誰かと付き合うの?」 「ん、あー、そうだな。アルファなら付き合おうかな」  つい昨日まで半端者だった俺を知る連中がいきなり掌を返すとは思えないが、無論アルファからの申し出なら大喜びでお付き合いをさせていただく。昨日の敵は今日の味方だ。 「……そんなにオメガを毛嫌いすることないのに。俺は亮介のお父さん、優しくて好きだよ」 「親父の話は止めろ。そうやってアルファが甘やかすから、アラフィフになってもお茶汲みしかできない大人になるんだぞ。代々のコネがなかったら、とっくに首になって一家離散で路頭に迷ってる。俺の人生のお手本はな、翔平お前なんだよ」  思わず手を握りしめて身を乗り出すと、ほんの少し後ずさった翔平が気まずそうにこちらを見上げてくる。  生まれつき色素の薄い髪は、日の光を受けるとキラキラ光る。まだ線に柔らかさの残る、誰が見ても可愛らしい顔立ち。このまま成長期を過ぎたら、甘さと残した大人の男になるのだろうか。 「お前が女だったらなぁ。俺、土下座してでも結婚してくれって迫ったかも」 「お手本の次はプロポーズなの」 「だって俺、翔のこと人間の中で一番好きだし」 「人間枠とは大きいなぁ。そんなに俺のこと気に入ってくれてるならさ、いっそ、け、結婚しちゃう?」 「あ、それは無理。俺とお前じゃ子どもできねぇじゃん。親のせいで俺の家色々と瀬戸際だからさ」 「そ……そうなんだ。大変だねぇ」 「ほんと、馬鹿な親持つと苦労するよ」  いつ見ても完璧にカッコいい翔平の親と不甲斐ない自分の親を比べてしまい、あまりの情けなさに笑うしかない。  発展した医学の力で性反転をしても、それまでの積み重ねがない脳が賢くなるわけではない。しかもオメガ性になったアルファは、なぜかきっちりと楽天的な馬鹿になる。なんと恐ろしい呪いだ。子どもが作れない組み合わせには、やはり遺伝子からの警告が含まれているに違いない。  それでも後に思い返すと、この日はじつに平和で幸せな一日だった。アルファが決まった人生はひたすら輝いて見えて、翔平が呟いた「亮介の馬鹿」という言葉を聞き間違いかと流すくらいには、俺は暢気で舞い上がっていた。  幼稚園の頃からの幼馴染み、とは言っても、長く翔平と友人をしてこられたのはあちらが俺を気に入ってくれていたからに他ならない。  俺が大学生活を謳歌して3回目の春。高校を卒業すると同時に翔平は海外に行ってしまった。さすがは俺の人生の目標だなと感心しつつ、直前まで知らせてもらえ無かった事実にちょっぴり傷ついた。  日本との時差八時間。大陸を全て飛び越えるだけの距離のせいか、それとも所詮は学生時代までということか、留学した翔平からの連絡はぱったりと途切れ、俺たちの付き合いは十年と少しで終了した。 「門脇ィ、お前いま暇だろう、暇だよな。森先生のパーティー、今から行って挨拶してきてくれ」 「はいィ、いや俺このデータの纏め、週末までに終えないといけないんですけど。ていうか、これ割り振ったのも坂田検事ですよね?」 「それはそれ、これはこれだ。安西の野郎が胃腸炎だとかいってドタキャンしやがった。誰か顔見せておかないと不味いだろうが。こういった緊急事態の場合、年功序列で一番下の奴が行くと法でも決まっている」 「はい、パワハラッ。分かりましたよ、行けばいいんでしょう。明日のランチ楽しみにしています」 「おう、今なら絵本も選べるらしいな」 「ハッピーなセットは卒業しました」  かかってきた内線を切ると同時に理不尽な命令を出す先輩に文句を言いながらも、さっさとパソコンの電源を落として帰り支度をする。  今夜都内のホテルで開かれているのは、もと長官で政治家に転身したある人物のパーティーだ。現役のお偉い方も顔を出す場に、下っ端とはいえ公判部からの出席者が一名減ることは避けたい。 「坂田検事、俺の今日のスーツで参加して大丈夫ですかね?」

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