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王子さまはお断りします_1
ふと自分の格好が華やかな場に不釣り合いではないかと気になって尋ねると、座っていた椅子を回転させて先輩検事が頭から靴までチェックしてくれる。
身だしなみには金も気も使っている自負はあるが、向かう場が場だけに気を使う。
「んー、大丈夫だろ。相変わらず高そうスーツ着てんなぁ」
「ありがとうございます。独身ですから自由が効くだけですよ。それじゃあ行ってきます」
「おう、ご馳走食べてこい」
ふざけてはいるが立派なアルファ家系の先輩の言葉に自信を持ち、大手を振って職場を後にする。
受付名簿に名前を書くだけに等しい仕事ではあるが、滅多にないチャンスと言えなくもない。コンパニオンのオメガはうっとおしいが、各界の人物が集うパーティーは優秀なアルファの女性とお近づきになるチャンスでもある。
司法試験と二回試験を通過し、念願の検事になれて今年で三年目。なんとか残っていた祖父のコネもあり、新任で東京地検公判部に配属される幸運にも恵まれた。
仕事は鬼のように忙しいが、若いアルファのタフさがあれば三徹くらい朝飯前だ。さすがに仕事に慣れるまでは控えていたが、ここ二年ほどの俺の生活は、仕事と婚活の両輪で回っている。
来年にはいよいよA庁検事。残念ながら大学時代に付き合えた彼女とは別れてしまったが、今のところ職場での評価も上々だ。そろそろ美味しい見合い話がくる可能性も、決してゼロではないだろう。
ベータやオメガは黙っていても寄ってくるが、結婚するなら絶対にアルファの女性と決めている。言いつけられた時は面倒に思ったが、むしろ良い仕事を割り振ってもらえたと喜ぶべきだろう。
十年後の人生を最高のものにするため、今夜も張り切って出会いを探そうと足取り軽く目的地への道を急いだ。
ホテルのパーティー会場に入ると、まず鼻腔を刺激する独特の香りに一瞬当てられた。流石に優秀なアルファが集う空間なだけはある。アルファ性に定まったとはいえ、こんな時に自分の中に混じったオメガの血を嫌でも自覚させられる。
それにしても、よほど強いアルファでもいるのだろうか。いつもより濃く感じられる匂いに、疲れもあってほんの少しくらくらする。
いかんいかん、俺はあくまでオメガではなくアルファなのだ。気をしっかり持てと腹に力を入れると、まずはパーティーの主催者とあちこちに居るであろう上役への挨拶回りに精を出す。
そうしてなんとか部の下っ端としての役割を全うする頃には、緊張と空腹で俺はかなりバテていた。ようやく手にしたカナッペを胃袋に納めながら、ソフトドリンクを貰おうと通りかかったコンパニオンを呼び止める。
「失礼」
「うわッ」
ウーロン茶らしきグラスを手にした途端、横から勢いよく当られた衝撃に中身が溢れた。並々と注いであった液体が、盛大にシャツとスーツを濡らしていく。ボーナス払いで買ったばかりのスーツが、あっという間に台無しだ。
「すみません、大丈夫ですか」
反射的に怒鳴りつけそうになったところを、後ろからふわりと肩を抱かれて気が削がれた。鼻腔に感じる華やかで芳しい不思議な香り。ほんの少しだけ高い位置からする声の方に視線をやると、柔らかな雰囲気をまとった男がにこりと微笑む。
え、どこの国の王子さまですか。俺が女性なら、間違いなくそう聞いてしまっただろう。見ただけで高級そうなオーダーメイドのスーツ、光の加減によっては金色にも見える髪に縁取られた顔は、まだ二十代前半だろう瑞々しさの中に聡明さが透けて見える。
イケメンだ。とんでもないイケメンだ。というか、凄まじい美形だ。何処か怠惰で悪魔的なオメガの美形とは正反対の、純潔のアルファにだけ見ることのできる、高潔で完璧な神の造形美。
「あの、僕の顔になにか?」
「あ、いえ、大丈夫です。こちらこそボーッとしていて」
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