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王子さまはお断りします_2

 思わず見惚れてしまったことが恥ずかしくて慌てて離れると、きらきらの王子さまがスーツのポケットからハンカチを取り出して溢れたお茶を拭ってくれる。  ぶつかられたのは此方なのだが、白いハンカチが茶色に染まっていくのが酷く申し訳なくなる。滲み出る圧倒的なアルファのカリスマ性と支配力に、所詮は半端者の本能が揺さぶられた。 「このままだとシミになってしまう。僕はここに泊まっているので、部屋で着替えてください。スーツはすぐにホテルのクリーニングに出しておきますから」 「いえ、そこまでして頂くわけには」 「かなり濡れていますよ。さあ、行きましょう」  強引という程の力ではないのに、何故かその言葉に逆らえなかった。甘い匂い誘われる虫のように、目に眩しい光と騒めきの中をふらふらと手を引かれて歩く。  途中、振り返った王子さまがニコリと華のように笑った。その笑顔に、ぼんやりと感じていた既視感がようやく答えを導き出す。 「……翔?」  ほんの少し大きな目を見開いた王子さまが立ち止まると、まるでスポットライトでも当たったかのように周囲の人々が空間を空ける。  知り合いが見ている可能性のある場で恥ずかしすぎる。そう思うのに、目の前の男の醸し出すオーラに飲まれてしまう。 「うん。やっと気づいてくれたね、亮ちゃん」  久しぶり、と抱きついてきた男の感触は、俺の知る細っこくて可愛くて優しい榊翔平と似ても似つかないものだった。  仕立てのいい上質なスーツが似合っているとは思ったが、服の上からでもきちんと鍛えられたしなやかな筋肉とバランスのとれた骨格が伝わってくる。 「ほ、本当に翔平なのか」  最後に会ったのは、翔平が高二の冬だった。俺自身が新生活に必死だったせいもあるが、大学に行き出してからはめっきり会う機会も少なくなっていた。  あの頃の俺は、自分たちの関係が数年途切れた程度で切れるものとは思っていなかった。久しぶりに受け取った、今から留学するという報告と元気でという言葉に気づかされた時には、翔平はもう空の上だった。 「俺の成長期、高校の後半くらいが本番だったみたい。亮ちゃんを追い越せるとは思わなかったけど、なんか嬉しいな」 「うっ、そ、そうだな。ずいぶんとその、立派になったな」  身長はほんの少しだが、そんなことは些末なことだろう。とにかく生物学的な男としての格が違う。アルファ性は神に造られた理想と言われるが、長年アルファの純血を守り続けた一族はまさに人類のサラブレッドだ。 「ねぇ、もうお仕事は終わったんでしょう。せっかくの再会なんだし、お酒でも飲みながら積もる話をしようよ。上のフロアの専用ラウンジなら、のんびりできるしさ」 「えぇと、その、そ、そうだな」  なんだか先ほどから周囲の視線が痛い。俺のような半端者を榊の長男がかまうのが、どうにも不自然だと言いたげな空気に冷や汗が流れる。 「じゃあ、行こう。俺ももう用は済ませたし」  どうしようか戸惑っていると、無邪気な笑顔で翔平が手を引く。なんだか慣れない大人になった幼馴染みの顔に、ほんの少しどきりと心臓が跳ねた。

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