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運命とか気持ち悪い_2
「う、運命とかキモいこと言うな!」
「こら門脇、榊さまになんて口を聞くんだッ。すみませんねぇ。こいつまだ新人気分が抜けてなくて、よく言って聞かせますんで」
「僕の婚約者をこいつ呼ばわりかい。必要以上に気を使われるのは亮介も嫌がるだろうから要求しないけど、最低限の礼儀は守ってもらわないと困るよ」
「はいッ、申し訳ありませんでした!」
「ちょ、坂田検事」
「門脇くん、いや未来の榊若奥さまに失礼いたしました!!」
「いやだなぁ、それはちょっと気が早いよ」
もじもじと人差し指同士を合わせながら照れる翔平と、いきなり人を奥さまなどと言い出した先輩に、ぞぞっと冷たいものが背中を降りていく。
一体なにを言っているんだ。昨日から続く混乱に、まだ二日酔いが残っているのか足元がふらつく。
「こほん、まあその話は置いておいて、ちょっとこの人借りるね。休日出勤なら少しくらい問題ないでしょう」
「はい、勿論でございます。ささ、奥の応接室にどうぞ。あ、冷めてしまっているでしょうから、お飲み物は新しいのをご用意いたします」
「ちょっと……先輩」
助けてくれと涙目で訴えると、ふるふると微かに頭を横に振られてしまう。これはガチだ。だって先輩の目が死んでいる。
「ごゆっくり」
連行された先の応接室の扉が閉まると、どっと冷や汗が溢れ出た。とりあえず換気をしようと、静音設定にされていた空調の暖房を強風に変えておく。
「亮ちゃん、寒いの?」
「いや、うん、そう寒い」
「大変だ」
さっと上着を脱いだかと思うと、翔平の着ていたジャケットがふわりと肩にかけられる。そのまま人の肩に両手を乗せて微笑む幼馴染みを、なんだ此奴という目で見てしまったとしても俺は悪くない。
曲がりなりにも長年親友だった男を、一度ばかり寝たからといってこんな背中が痒くなるような扱いをする翔平の方が悪い。
「まだ寒いなら抱っこしようか」
「いや結構。というか、離れろよ」
「えぇ、なんでそんな寂しいこと言うの」
後ろから抱き締めようとする腕から逃げると、口をへの字にした翔平が悲しげに見つめてくる。なんだそのウルウルとした目は。昨日はキラキラの王子さまで、今日は捨てられた仔犬かよ。
「お前、なんか変じゃないか。そんなキャラじゃなかっただろ」
昔から甘えたな所はあったけれど、俺の知る榊翔平はこんなむず痒くなるような態度をとる人間ではなかった筈だ。
そこらに居るアルファやオメガの美少女なんかよりもずっと綺麗で可愛くて、それでいてどんな時も冷静で頭が切れて、たまに絡んでくる身の程知らずをあっさりと返り討ちにできるくらい強い男だった。
こんな半分ネジの緩んだような腑抜けた男、一回寝ただけで混血児の半端者の後を追いかけてくる男なんて、俺の理想だった翔平じゃない。
「……駄目だよ」
気がつかない内にじりじりと追い詰められていたのか、ドンと壁に当たった身体から翔平のジャケットが落ちる。
あ、これ壁ドンだ。かなり昔の流行ったやつだ。流行ってたときは俺もまるでモテない半端者の学生で、彼女も居なかったから翔平相手にやってみたりして笑ってた。
「っひ」
つうっと頬に指を滑らされて、反射的に情けない声が出てしまう。身長差は僅かなはずなのに、こちらを見下ろす翔平がひと回り大きく見える。
これが純血のアルファの圧か。心臓が嫌な感じでバクバクと跳ねるたび、血圧もぐんぐん下がっていくのを感じる。
「亮介は昨日、俺とセックスをしたんだよ。亮介がアルファの女性と結婚することに執着していたから、俺は仲のいい幼馴染みで我慢することにしたんだ。忘れようと、忘れられるまで遠くに居ようと海外に行ったんだ。それなのに、あんな匂いぷんぷんさせて俺を誘って、もっともっとって強請って受け入れて、今さら知らぬ存ぜぬは通用しないよ」
「しょ、翔」
「俺はずっと、亮介が俺のことを弟を扱いしていた時から好きだった。亮介がアルファだろうがオメガだろうが関係ない。お酒も入ってたから今回は見逃したけど、ここ」
するりと滑った大きな手が、ぐっと首の後ろをつかみ上げる。その場所がどこか理解すると、認めたくはないが指先が震えてしまった。
「俺以外の奴に噛ませたら、許さないから」
優雅に微笑む王子さまの圧力に、無力な一般人は頷くしかなかった。
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