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運命とか気持ち悪い_3

 素直に告白すると、俺の初恋は榊翔平だ。    曽祖父の代にそれなりの財を築いたとはいえ、榊家とお隣さんで幼稚園も同じという幸運に恵まれたのは、榊の巨大な本宅が別の土地にあるからである。  親の失態のおかげで相続税も危うい我が家とは違い、榊家にとっては都内高級住宅街に立つ豪邸も新しい別宅をひとつ建てたような感覚なのだろう。  門脇家の倍以上ある敷地に新しい家が建ち、丁寧に引越しの挨拶に訪れた両親に手を引かれていた、お人形のような白い顔の美少女。  当時まだ幼稚園児の心臓が、ひと目見ていままで知らなかった鼓動を打ったのを覚えている。恥ずかしい表現をするなら、まさしくキューピッドの矢に打たれた瞬間だった。  残念ながら少女が名乗ることで男だと判明し、俺の初恋は数分で砕け散ったのだが、年の近い同性なら遊び相手だとすぐに嬉しくなったのが所詮は幼児である。  翔平は見た目は女の子と間違えられるくらい可愛かったが、中身は電車や車や昆虫や恐竜が大好きな普通の男の子で、俺たちはすぐに仲良くなった。  ひとりっ子だった俺には、翔平は綺麗で自慢の可愛い弟で、当時はまだ理由がわからなかったが、何処か余所余所しかったり意地悪だったりする同年代の連中とより、翔平と一緒に遊んでいる方がずっと楽しかった。 「亮ちゃん、大人になったら僕とケッコンしてくださいッ」  あれは翔平の家で遊んでいた時のことだ。春の盛りの広い庭は、やんちゃ盛りの子どもには良い遊び場だ。  虫を探したり、サッカーをしたり、思いつくままに遊んでいた途中で、飛んで行ったボールを取りに行ったはずの翔平が、庭に咲いていたらしい花を手に戻ってきていきなりそう言った。 「ケッコンて、父さんと母さんがしている結婚か?」 「そ、それ。指輪もあるよ」  ポケットを探った翔平が小さな拳を開くと、そこにはオレンジ色のプラスチックで出来たおもちゃの指輪が乗っていた。  小さなバラの飾りのついた指輪と花を差し出す翔平は、いつもは白い頬をピンク色に染めて緊張していた。そんなことを、いまさらのように思い出した。  ずっとっていつからだ、あの頃からなのか。まだランドセルが大きく見えていた翔平は、そんな頃から俺のことを恋愛対象として見ていたのか。  一番の友だちだとしか思っていた俺は、戸惑うしかない。ここを別の人間に噛ませるなと凄んでいた翔平と、小さなおもちゃの指輪を差し出してプロポーズをしてきた翔平が、代わる代わるに浮かんでは消える。  そういえば、俺はあのプロポーズになんと返事をしたのだろう。あのオレンジ色のおもちゃの指輪は、何処へやってしまったのだろう。 『知らぬ存ぜぬは通用しないよ』 「うわぁ!」  ぐるぐると回る悪夢から飛び起きると、そこは見慣れた自分の部屋だった。  全力疾走をした後のようにばくばくと心臓が動き、ぐっしょりとかいた寝汗が気持ち悪い。  怖かった。夢の中なのに怖かった。子どもの頃の他愛のないプロポーズのことなんて、すっかり忘れていた。 「……どうしよう」  恐ろしい夢から覚めた現実はより厳しい。きらりと左薬指で光るプラチナリング。男に嵌めさせるものなのに花の模様が彫られていると思ったら、まさかあのプロポーズの思い出が込められていたりするのだろうか。  カーテンの向こうには、爽やかな青空が見えている。去り際に半ば無理やり嵌められた婚約指輪。こんなものを付けていたら婚活もままならない。けれど外したら即バレそうな気がして恐ろしく、途方に暮れたままベッドの上で膝を抱えた。

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