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タイムマシンを探しに行こう_4
直進を続けていた車が、目的地とは違う方面に向けてハンドルを切る。
これだから他人が運転する車に乗るのは嫌なのだ。相手の気持ちひとつで、何処にでも連れて行かれてしまう。
「少し寄り道するだけだから安心して。亮ちゃんに酷いことなんて……俺にはできないよ」
周囲の音にかき消されそうな小さな声に、仕方なく逆らう気はないとシートに背を預ける。そのまま車が止まるまで、通り過ぎていく冷たい風の音と、背中から伝わるエンジン音に耳を澄ませた。
翔平が黙りこくってしまうと、俺たちの会話は上手く続かなくなる。昔はいくらでも話したいことが出てきたのに、再会してからの俺は翔平と何をそんなに喋っていたのか忘れてしまった。
ちらりと視線だけを横にやると、風になびく翔平の髪がネオンの光を受けて金色に光って見える。
いつも仕立てのいいスーツをさらりと着こなして、軽く一千万以上するカブリオレを玩具のように乗り捨てる。そしてそれすら嫌みにはみえない、甘くて優しい容貌に魅惑的な声。きらきらした髪の一本から、ハンドルを握る傷ひとつない綺麗な指先まで、非の打ち所がない神に愛された男だと思う。
それに引き換え俺は、隣で慣れない高級車にすらリラックスしきれない、何もかもが中途半端なつまらない男だ。いっそオメガだったなら、翔平の全てを諸手を挙げて喜んで受け入れることができたのだろうか。
だが半端者とはいえアルファであり、そうでありたいと願い努力し続けてきたのが俺という人間なのだ。いまさらこの生き方は変わらないし、また変えるつもりもない。
空気の匂いに潮の香りが混じりだすと、車は夜の海浜公園の駐車場で停車した。轟音とともに夜空に軌跡を描いていく飛行機の光。
こうして目に見える形になると、飛行機によって飛ぶ角度も進路もまるで違うことがよく分かる。まるで人生みたいだなと、酒も飲んでいないのに酔ったことを考えてしまった。
「今回の帰国は一時的なものなんだ。週末の飛行機でアメリカに戻ったら、俺はあっちで婚約しないといけない」
視線を飛び去る飛行機の軌跡に向けたまま翔平が落とした言葉に、なんと返事をしたら良いのか咄嗟に分からなかった。
そうか分かったか、それとも良かったなか。いや、恐らく俺とのことは関係なく決まっていた予定に、良かったなも変だろう。
「……まだ若いのに、金持ちは大変だな」
悩んだ末に出てきたのは、結局センスも思いやりもない台詞だった。しかしある意味では、俺の偽らざる本音でもある。
翔平ほどの家の人間ではなくとも、結婚は恋愛感情だけで決められるものではない。個人同士のメリットは勿論、家同士の格やらなんやかや、諸々のものを考慮した後にお互いに周囲から了承を得る、長期契約なのだと俺は思っている。
「はは、それだけなんだ。亮ちゃんが俺に興味ないのは知ってるけど、ちょっと……キツいな」
ハンドルに顔を伏せて、なんでと呟く王子さまは本当にかわいそうだ。もしかしたらあの大きくて綺麗な瞳から、落ちたら宝石になるような涙が溢れているのかもしれない。
なんでか。なんでだろうな。あの日パーティー会場に行く予定だったのは、元々は俺ではなかった。翔が運命の再会だと言う、はた迷惑な偶然の重なり。
「どうして俺を好きだって言ってくれないの。亮ちゃんが認めてくれたら、婚約なんてしない。相手がどんな大物だろうと、こんな話蹴り飛ばしてやる。本当は分かっているんでしょう。俺たちは絶対に、つがッ」
「わかってる」
翔平がその単語を口にすることを、俺はわざと遮った。そんなことは分かっている。だって番となるアルファとオメガは、本能で惹かれ合う遺伝子からの強制だ。
アルファ性であるはずの俺の中にある僅かなオメガの血が、翔平の匂いにあれほど酔って理性を無くしてしまう時点で、俺たちが番関係にあることは疑いようがない。
「ひとめ惚れは遺伝子が合う相手って話、聞いたことあるか」
「なに、それ」
「相手のことを知らないのにひと目で好きなるのは、本能的に相性がいい人間を選ぶ現象だって説だよ。これにはオマケもあってさ、遺伝子が好む相手と人の感情は一致しないって話なんだ。つまり番ってのは、組合せ的に最高な遺伝子が強制する相手ってだけで、必ずしも好きな人とは限らないかもしれないんだ。そんなモノに従って人生を左右する選択を決めるなんて、馬鹿げていると思わないか」
「つまり、俺たちは確かに番だと認めるけど、亮ちゃんは俺のこと……少しも好きじゃないってこと?」
今度こそ本当に、翔平の目から何かが溢れてしまった気配がした。だけど俺は動かない。王子さまの涙を拭ってやるのは、お姫さまだと昔から決まっている。
「親友として、人間としては一番好きだ。でも俺は、お前と恋愛や結婚する気はない。お前だって、榊の家のことを考えたら俺なんかを相手に選んでいいわけがないだろう。何が最善なのか、冷静に考えろ。本能なんかに惑わされてどうするんだ。俺たちは、アルファだろう」
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