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わたしの運命_1

 運命という奴が訪れる前には、昔からやけに胸が騒つく。  マンションには飽きたという母のひと声で今の家に引っ越したのは、俺が三歳になったばかりの頃だ。  いつものように母に起こされた朝、何か不思議な感覚が胸をくすぐった。ワクワクするような、ソワソワするような、高揚感を伴った胸の騒めき。なんだかとても、良いことが起こるような気がしたのを覚えている。  父の運転する車に乗って、いつでも住めるよう整えられている家に向かう途中も、その胸の高鳴りは強くなる一方だった。  アルファはオメガを原始的な人類だと影で罵るが、俺に言わせれば二つの性に大差はない。むしろ雄としてオメガを求めるアルファの方が、彼らのフェロモンにあてられ、時には理性をも忘れて暴力をふるう。  俺の両親に祖父母、そして親類たちもみな、榊の者はそんなアルファの本能を忌み嫌っていた。オメガに惑わされた者は追放され、アルファ同士の婚姻のみを行ってきた一族。  優秀なアルファの血は確かに一族の安定的な繁栄をもたらし、榊の影響力はあらゆる分野に及ぶほどに大きくなっていった。  しかしお互いに性欲を抱きにくく、かつ子が出来にくいアルファ同士の婚姻は、ある意味では拷問にも等しい義務の性行為が必要不可欠だ。  適齢期になると家の決めた相手と結婚し、仕事の一環のように淡々と行為をこなした両親は、俺という息子を無事に授かることができた。生まれた跡取りを大切に育て、理想とされる教育を施し、なに不自由なく育ててくれた。  そして俺は、高い塔のようなマンションから下界を眺めながら、不自由はないが刺激的なものも何ひとつない、無味無臭な毎日を過ごしていた。 「まあご丁寧に、うちにも五歳になる息子が居るのよ、仲良くしてもらえると嬉しいわ」  判で押したような毎日を繰り返していた俺の人生の転機は、鳥籠のようだったマンションを出ることで訪れた。  たまたま隣になっただけの、なんの変哲もない一軒の家。開け放たれた扉を潜ったとたん、不思議な匂いが強く鼻腔を刺激した。  引越しの挨拶に訪れた両親を出迎えてくれたのは、柔らかい雰囲気の母親らしき女性だ。その人の向こう、明るい玄関からつながっている階段の踊り場から、小さな人影が立っているのが見えた。 「亮介、こっちに来てご挨拶なさい」 「はーい」  名前を呼ばれて降りてきたのは、俺より少し年上の男の子だった。ずっと香っていた匂いが、その人が近づくと一段濃くなる。 「かどわきりょーすけです。こんにちは」  行儀良く頭を下げて挨拶をした男の子が、こちらを見て恥ずかしそうにまた俯いた。白い頬がほんのりと染まって、さらさらの黒髪が目元を隠してしまう。  たった三歳だったけれど、俺は本能的に彼をとても可愛いと思った。可愛くて綺麗で、柔らかそうな頬から小さな桃色の爪先まで、舐めて味を確かめたいと思ってしまった。 「ほら、翔平もご挨拶をして」 「さ、さかきしょうへいです」  ぼんやりと見惚れていた所を母に促されて、慌ててぺこりと頭を下げた。名乗った途端、男の子が一瞬だけ残念そうな顔をした理由がわからなかったが、すぐに一緒に遊ぼうと手を取られて霧散した。  幼稚園に入る前にもお稽古やリトミックで同い年の子と接してはきたけれど、基本的に俺は他者への興味が薄い子どもだった。  それはアルファの血だけを入れ続けた榊家の子どもの特徴でもあり、俺に友だちが出来なくても両親が特に気にすることもなかった。 「しょうへい、あーそーぼ」 「うん」  初めて会った日から、俺と亮介は二歳の差を気にすることなく友だちなった。  毎日のように遊ぶうちに、亮介から感じる不思議な匂いは次第に薄まっていった。嗅覚が慣れたのだろうが、もともと彼の中のオメガとしてのフェロモンはごく僅かなものだ。  俺の両親が彼と仲良くすることを許していたのも、彼らには亮介のオメガ性が感知できなかったからだろう。  アルファの性に対する嗅覚は、実はどの属性よりも強いものだ。ほんの微かな、あるかないかの匂いに惹きつけられた俺にとって、亮介は初めから友だちなどではなかった。

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