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わたしの運命_2
最初のプロポーズは、まるで相手にされることなく見事に玉砕した。差し出した玩具の指輪は小指にしか嵌らないと笑って返され、亮介の関心はすぐに飛んできた蝶に奪われた。
自分たちは運命の番で、亮介もそれを分かっている。幼い子どもがはっきりとそう認識していた訳ではないが、なんの疑いもなくイエスが返ってくると思っていた俺には、彼のノーは衝撃的だった。
なぜ亮介は同じように自分を好きではないのか。俺にはそれが、とても不思議で不可解だった。
「綾乃ちゃん。オススメしたお店、いかがだったかしら」
「は、はい。とても美味しかったです。お店の雰囲気もすごく素敵で……あの、ありがとうございます」
「あらぁ、そんなに遠慮しないで。綾乃ちゃんと叔母さんの仲でしょう。翔平はきちんとエスコートしたのかしら。この人、こう見えて朴念仁だから心配で」
「そんな、とてもよくしていただきました。お食事の前には、東京をあちこち案内してくれましたし」
「まあ、それなら良かったわ。ほら、先日の婚約のお話、先方からお断りされてしまったでしょう。お父様が作ってださったせっかくのチャンスを駄目にするなんて、同席していた私も穴があったら入りたかったわ。本当に情けないったら、ね、翔平さん」
「ッげほ、こほ、は、はい。申し訳ありません」
ぼんやりと聞き流していた会話の矛先をいきなりこちらに向けられて、口にしかけていたコーヒーに軽くむせた。
じっとりと睨みつけてくる母親の顔には、まだ俺の失態を許していないと書いてある。その件に関しては、すみませんと重ねて詫びるしかない。あの状況でそつなく振る舞えるほど、俺は器用でも図太くもなかったらしい。
なにより、強いアルファでもあった婚約相手は、俺の匂いの変化を敏感に察知していたのだろう。別れ際に小さく、お相手のいる方とは結婚契約はしないのと言われたのが、追い討ちのようで余計に落ち込んだ。
「返す言葉もありません。不甲斐ない息子ですみません」
「まったくだわ。本家にも話を通していたというのに、良い恥さらしですよ」
「お、叔母様、そんなに翔平さんを責めないであげてください。フィラー家のお嬢様はお好みが厳しいことでも有名ない方ですし」
「それはまあ、分かっているつもりですよ。でもお父様のご苦労を思うとねぇ。それに翔平さんそろそろ適齢期ギリギリでしょう。そうだわ綾乃ちゃん、貴女うちの翔平のお嫁さんにならない?」
「え、え、あの」
「先日お兄様が、綾乃ちゃんの相手もそろそろ決めたいっておっしゃっていたわ。綾乃ちゃんなら昔からよく知っている仲だし、叔母さんも大歓迎よ。今度お兄様にお話ししてみましょうよ」
「母さん、やめて下さい。綾乃さんも困っているでしょう」
「あ、私は、その」
隣に座らされている綾乃が、ちらりと此方を見ながら身を縮める。
俺が仕事で帰国するのにあわせて本家の従姉妹を招待していた時点であからさまだったが、いきなり直球を投げてくるとは思わなかった。
ひとつ片付いたと思ったらすぐに次が来る。面倒なとは思うが、母の言うとおり榊の平均から言うと俺は既にギリギリだ。アルファ同士は医療の力を借りても妊娠し辛いため、二十代半ばでの結婚が要求される。
「身内同士の婚姻は華がないでしょう。伯父さまと綾乃さんに失礼ですよ」
「あら、そうかしら」
「そうですよ。この話はこれでお終いです。俺は仕事があるので、そろそろ失礼します」
「翔平さん」
空になったコーヒーカップを置いて立ち上がって一礼すると、不満げな母と頬を赤らめている綾乃に背を向けた。
榊の人間にしては引っ込み思案で不器用だが、綾乃は本家の長女だ。弟の克彦がいるとはいえ、有力な婚約を破棄された分家の長男には悪くない話だろう。母は本気でこの話を進めるつもりだ。
二階にある自室の鍵を閉めると、一日中綾乃に付き合った疲れがどっとのしかかってきた。気の優しい綾乃のことは従姉妹として普通に好ましく思っているが、結婚相手とされるとなると話は別だ。
それに俺はもう、昔の自分とは変わってしまっている。頸を噛まれることで生涯縛られるオメガ程ではないが、アルファも番契約に縛られる性であることに変わりはない。
絶対的な相手と出会い、その人と肉体的にも結ばれてしまったのだ。もう亮介以外の人を生涯の伴侶にはできないのに、彼は俺を拒絶する。
「亮ちゃんの、馬鹿」
彼はいまどうしているのだろう。間違いなく運命である相手を否定して、相変わらずアルファの女性を探してふらふらしているのだろうか。
シャツの下に忍ばせているネックレスを外して持ち上げると、二つの指輪が目の前で揺れる。
幼い日と今。二度に渡って突き返された指輪を、それでも捨てられずに持ち歩いているなんて、我ながら未練たらしくて気持ち悪かった。
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