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あなたの側で_2
手に握っていたのは、亮介と一緒にコンビニで買った駄菓子のオマケだった。
俺の両親は当然ながら子どもの買い食いなど許さない人だったが、亮介はたまに父親からお小遣いを貰ったと言って俺にお菓子を買わせてくれた。
歩いていける距離にあるコンビニに子ども向けの菓子は数えるほどしかなかったけれど、俺にはワクワクとする不思議な経験だった。
女の子用のオマケしか入っていないぞと言われながら選んだラムネの箱には、玩具の指輪が入っていた。小さな指にしか嵌まりそうにない、正真正銘の子どもの玩具。オレンジ色の透明なプラスチックの指輪には同じ素材でできた小さな薔薇もついていて、本物の宝石よりもきらきらと輝いて綺麗に見えた。
「亮ちゃん、大人になったら僕とケッコンしてくださいッ」
口から飛び出しそうな心臓に急かされて差し出した指輪が、嬉しそうな笑顔と共に受け取られる。
渡した指輪は小学三年生だった亮介にはもう小さ過ぎて、小指にしか嵌らないなぁと楽しげに呟かれた。
「亮ちゃん」
「ありがとう、翔。俺も翔平のことが一番好きだ。ずっとずっと一緒にいよう」
ぎゅっと手を握り締めながら、亮介が優しい言葉を耳元に囁く。ああ、これって俺の見ている都合のいい夢なんだと、呆気なく理解した。
だって亮介の匂いがしない。亮介は嬉しいと言って、俺の愛を受け入れたりはしない。
それでも幻の温もりが恋しくて、夢の中の幼い亮介を抱きしめた。いつの間にか俺たちの姿は現在のものへと変わっていて、間近にある綺麗な顔にキスをしようと顔を近づける。
「りょちゃ……ッ」
持ち上げたつもりの腕は、ほんの少し指先が動いただけだった。乾燥した喉に咳き込むと、その度に鈍い痛みが腹部に走る。
見覚えのない天井に、何かの機器が発する規則的な音。知ってはいるが見慣れない風景に視線を走らせていると、複数の足音が近づいてくる音が聞こえてきた。こちらを覗き込む人間の格好に、やはりここが病院の治療室なのだと理解する。
「榊さん、分かりますか。もう大丈夫ですよ」
忙しそうな看護師は、そう言ってテキパキと作業を済ませるとまた離れていった。
どうやら俺は助かったらしいとほっとしたのも束の間、あの場にいた亮介の安否が気になる。
警察官らしき人間が来ていたから大丈夫だとは思うが、やはり自分の目で無事を確認しないことには安心できない。そして本音の所では、こんな無様な俺に彼がどんな顔をしているのかが気になっていた。
「一時は出血が酷くて危ない状態だったんですよ。お腹に大怪我をしているのにあんなに暴れるなんて、本当に何を考えているんですか」
そう話す綾乃の目の下にも、薄っすらとクマが浮いている。
集中治療室から順調に個室へと移動すると、意外にも母親がべそべそと泣いたり、愚痴を言ったりしながら毎日のように顔を見せた。
術後の痛みやら不快感だけでも鬱陶しいというのに、正直母親の相手までするのは勘弁してもらいたい。丁寧に少し休んでくれと退出を訴えると、今度は綾乃が特別室にやって来た。
身の回りの世話を焼くわけでもない人間に居座られても気詰まりなのだが、母親よりはこちらのプライバシーを配慮してくれる綾乃の方がマシと言えばマシだろうか。それに今は、彼女には問い正したいことも聞きたいことも山ほどある。
「村瀬はどんな様子ですか」
「大人しく罪を認めているそうです。まあ殺人未遂の現行犯逮捕ですから、言い逃れもできませんが」
「そうですか」
こちらも手加減を一切せず殴ったので、下手をしたら鼻の骨ぐらい折っているかもしれないが、その辺りは警察の方が対処してくれているだろう。
あの時、村瀬の前に飛び出してきた亮介には、本当に心臓が止まりそうになった。凶器を向けられた人を守ろうとするのは素晴らしい行為だが、自分にとって亮介はどんな人間よりも優先すべき大切な存在だ。
自分が止めていなければ、彼がこの傷を負っていたかもしれないと思えば、動くたびに走る痛みもいくらでも我慢できる。
だがひとつだけ、許せないことがあった。村瀬の自暴自棄とも言える凶行。亮介から綾乃が受け取っていた薬とあの日の会話。
ずっと頭に引っかかっていたことの答えがやっと見えた。どうやら俺も身内には甘かったようだと、気づけなかった自分への苛立ちばかりが募る。
「綾乃さん、貴女は俺に言っていない大切な事がありますね」
どうせ罪の告白のつもりで訪れたのだろうに、往生際も悪く綾乃の顔が俯く。彼女は初めから、こちらに一番重要な情報を隠したまま村瀬確保の助力を仰いでいたのだ。
「申し訳ありませんでした。おっしゃる通りです。私の甘い考え方から、結果翔平さんの命まで危険に晒してしまいました。そのことは本当に、いくらお詫びしても許されることではありません」
「謝罪の言葉を聞きたくて質問したのではありませんよ。こうなった以上、きちんと真実を話してください。綾乃さん、貴女と村瀬時臣は『番』関係にある。そうですね」
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