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ハッピーエンドを目指して_1
その昔、翔平が家に泊まりに来たときに想像したことがある。二人で毎日同じ場所に帰って、おはようとおやすみをずっと言えたら、それって最高にハッピーだと思った。
そしてそんな日が本当に来るなんて、実はいまだに現実感が薄かったりするのだ。
「亮介さんとの結婚を許してくださいっ」
俺のせいで一人息子を妊娠させて放置した男という酷いレッテルを貼られてしまった翔平は、憮然とした祖父が現れるなりそう言って頭を下げた。
場所は門脇家の客間。ようやく手を取り合えた俺たちは、そのまま澤井診療所に迎えに来た父親にことの次第を報告し、その足で我が家のドン、祖父の門脇源三郎の許しを得ようとここまでやって来たのである。
あれだけ遠回りをしたというのに、今日一日での流れがジェットコースター過ぎる。翔平と一緒に可能な限り頭を下げていると、まあまあと祖母の緩い声が場の空気を和ませてくれる。
「あら翔くんが亮介のお婿さんだったのねぇ。びっくりだわぁ。昔から仲が良いとは思っていたけれど、こんなことってあるものなのねぇ」
「うちの亮介も悪いんだから翔平くんも頭を上げて。ね、お義父さん」
「そうですよ。翔くんならよく知っている仲じゃないですか。そうだわ、翔くん晩ご飯食べて行くでしょう。何か食べたいものあるかしら。暫く見ないうちに随分と大きくなったから、オムライスってわけにもいかないわねぇ」
「お前たちは少し黙っていろッ」
「はい、すみません!」
「まあ、酷い仰りようだこと」
能天気な父と祖母に鼻息を荒くしてから、祖父はどかりと音も荒く俺たちの向かいの席に腰を下ろした。
俺という半端者と結婚するということが、翔平にとってどんな意味を持つのかなんて、祖父は誰よりもきちんと分かっている。分かっているから、こんなにも重いため息が出るのだろう。
「それで、結婚はともかく、これからどうするつもりだ。あいにく家は君のご実家ほどの資産はない。亮介の親はご存知の通りだし、出来る限りの手助けはしてやるつもりだが、子どもが産まれるなら尚更、将来のことをきちんと考えてもらわなくては困る」
「はい、それは当然です。まずは出産が最優先ですが、その後は俺が亮介の転勤先について行くつもりです。今の大学は中退することになりますが、亮介にとって検事の仕事は他に替がきくものではありません。子どもの世話は俺が中心になってやりながら彼をサポートし、その上で自分の進路を決めて動きたいと考えています」
「翔」
翔平が俺の仕事に対する拘りを理解してくれていることに、不覚にも感動してしまう。そして同時に、彼にばかり沢山のものを捨てさせなければならない自分が不甲斐ない。
「……ふん、まあ出来てしまったものは仕方がなかろう。とりあえず、二階の客間を使いなさい。家にいる間は家事や雑用も手伝ってもらうからな」
「え、あの」
「中途半端に無職が部屋を借りても無駄遣いだろう。亮介と結婚するなら、ここはお前の家でもある。ゆっくりしていきなさい」
「っ、ありがとうございます」
「爺ちゃん、ありがとう」
ふんっと言って逸らされた顔が、ほんの少し赤くなっているのが見える。父が言っていたとおり、頑固そうに見える祖父は誰よりも家族想いで優しい。
まだ頭を下げ続けている翔平の背中を撫でていると、母がお茶の用意を持ってやってきた。
子どもが出来るまでは想像もしていなかった形での一家団欒。こつんと中から蹴る感触が、ひどく嬉しくてくすぐったかった。
両親と祖父母の許しを得た日、俺たちは早速のように婚姻届を時間外で提出しに役所へ行った。
親と同じことをすると見送る祖父が顔を顰めたが、親子ならまあ似ていても仕方がない。そしてその日から、翔平は俺の実家で暫く暮らすことになった。
すぐ隣が家出をした実家というのが冷や汗ものだが、徒歩で出歩くことなど稀な翔平の両親と顔を合わせる確率はかなり低いだろう。まだ癒えていない傷の経過は澤井先生に面倒を見てもらいながら、出産までの時間はゆったりと流れていった。
門脇家で暮らし始めた翔平は、出勤する俺と父を毎日車で送り迎えしてくれる。箱入りのお坊ちゃん育ちのくせに、母と祖母を手伝う家事の腕にもそつがなく、どんな所に居ても、どんな時でも、翔平はやっぱりきらきらと輝いている。
「亮ちゃん、いま蹴った。おーい、お父さんですよー」
「眠いからうるさいって言ってるんじゃないのか」
「もう少しだけ。赤ちゃんってさ、お腹の中にいる時も声が聞こえてるんだって。来週には入院なんだし、俺の声ちゃんと覚えてもらわないと」
寝る前には必ず人のお腹に耳をくっつけるのが習慣になっている翔平は、そう言って毎晩のように俺を幸せそうに抱きしめる。
基本的にアルファ男性である俺の身体は出産には適しておらず、産むと決めた時から帝王切開は決まっていた。
いよいよ予定日を来週に控え、少し前に産休に入ったおかげで毎日が日曜日だ。翔平用にと充てがわれた客間の和室はベビー用品に溢れかえっていて、俺たちはパステルカラーのふわふわした世界に包まれながら幸せに浸っている。
「男の子でも女の子でも、晴れの字で『はる』だよ。はるちゃん、元気に出ておいでね」
「翔がこんなに子煩悩だとはな」
「どうしてさ、俺はずっとずっと亮ちゃんが大好きで、その亮ちゃんと俺の子どもが生まれるんだよ。もう嬉しくて可愛くてたまらなくて当たり前じゃない」
「そうだな、俺もすごく嬉しいよ」
お腹にくっついたままの頭をわしゃわしゃと撫でると、猫が喉を鳴らすように翔平が笑う。
俺だって最高に幸せだ。憧れの王子様とその子どもを両方手に入れて、全身どぷりと幸福の蜜に浸かっている気分。
「そう言えば、村瀬の略式起訴が決まったんだって。今日綾乃さんから連絡があった」
「そうか。まあお前の怪我が全治一か月を超えているし、凶器も使用しているからな。示談を成立させたから軽い処分で済んだ方だ。あの二人、これからどうするんだろうな」
「綾乃さんが居れば大丈夫でしょ。当面は困らないだけの現金をたっぷり用意して、住む所も確保しているに決まってる。そういえばあの二人、亮ちゃんのご両親と同じ組合せなんだよね。まあ綾乃さんなら、絶対に性反転するだろうけど」
「絶対って、そんな簡単な問題じゃないんだぞ。翔なら半端者がどれだけ差別される存在か知っているだろう」
「でもきっと、あの二人ならそうするよ。ていうか、アルファが番との子どもを諦めるなんてこと出来る訳ないじゃん。亮ちゃんもアルファなんだから分かるでしょう」
「うっ、それは」
確かにアルファ性は生存本能が他性より抜きん出て高く、故にそれが暴力となることもある程だ。受け身なオメガとは違う、何が何でも相手を手に入れたいという強い欲求。それはきっと、女性であっても変わらないアルファの本質なのだろう。
「そうだな。彼女にはそれが、幸せなんだろうな」
本来なら出来ないことを可能にする新薬を開発したのは、もしかしたら同じような女性だったのかもしれない。
優良種としての特権を手放してまで欲しいと願い、それを実現できる術を与えられたから、こうして俺という人間は此処に存在し、この子が生まれる。
人の欲望は、実に身勝手で際限がなく、それ故に時に祈りにも似て愛おしい。
「俺も翔を、俺だけのモノにしたかったのかもしれない」
澤井先生が調べてくれた話では、アルファ男性の妊娠は過去一例だけ海外であったらしい。症例の男性は俺と同じ半端者のアルファ。こういったことは、本来いなかった半端者が増えるに従って比例していくのかもしれない。
翔平の子を妊娠できたのはわずかなオメガ遺伝子の変異かもしれないが、それを強く求めたのは番と認めた相手の遺伝子を欲しがるアルファの性に違いない。
「亮ちゃんの頸、俺に噛ませてくれる?」
「いいぞ。でも俺はオメガとは違うから、番契約は成立しないかもしれないし、契約がなくても裏切りは許さない。それでもいいか」
「そんなの、契約なんてしてもしなくても変わらないよ」
ずっと好きと囁いてくれる王子様が愛おしくてたまらなくて、その鼻先を頸の代わりに噛んでやった。
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