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第4話
クールで潔癖な職場での「郎主任」も、ストイックで魅力的だと思う志津真だが、こんな風にリラックスした様子で柔らかい表情を見せる「ウェイ」は、この上なくイノセントで愛おしい。こんなにも素直で可愛い郎威軍を知っているのは、この世界で自分一人だと、志津真は誇らしく思える。
そんな風に、じっと見つめる志津真に焦れたのか、威軍の方から仕掛けた。
「これ…、好きですよね」
威軍は妖艶に微笑むと、身に合ったシルバーグレイのスーツのジャケットを、ゆっくりと脱ぎ始めた。
志津真は、面白そうに威軍の誘惑を見守る。その視線を意識しながら、思わせぶりに、ゆっくりとジャケットをベッドの上に放り投げる。
続いて、鮮やかなブルーのピンストライプの入った抑えたイエローのネクタイに手を掛け、一瞬、恋人を試すように上目使いをして、威軍は様子をうかがう。
その意図に気付き、志津真が軽く頷き、先を促す。
それを確かめてから、シュッと心地よい音を立ててネクタイを外した。高級なシルクならではの音だった。
次に、思わせぶりに手首を顔の前まで持ち上げ、見せつけるようにカフスの貝ボタンを外す。白い手首、操る整った指先、こんな細やかなところまで威軍は美しく、志津真を魅了する。
そのまま淡いクリーム色のシャツを脱ぐのかと見せかけ、威軍は手を止めた。
「食事にしましょうか?」
いたって自然な口調でそう言うと、濃密な淫猥さを纏わせていた威軍が、フッと無邪気な笑顔に変わった。
「へ?エエとこやったのに、お預けかいな」
やられたとばかりに、志津真は頭を掻いて、照れ隠しに笑った。
「あなたがいつ来てもいいように、用意してあったんですよ」
そう言いながら、威軍はキッチンに向かう。
手持無沙汰の加瀬は、手を振りながらユニットバスに消えた。エリートで育ちの良い加瀬志津真は、外出から戻るときちんと手を洗う習慣が身についている。
「お疲れなら、先にシャワーを使ってもいいですよ」
キッチンからバスルームに向かって声を掛けながら、威軍も手早くシンクで手を洗い、冷蔵庫を開く。
「風呂は、後で。お前と、な」
手を拭きながら、さらりとエロティックなニュアンスを盛り込み、志津真はニヤニヤしながらキッチンのテーブルに手を着いた。
「で、何を手伝ったらええんや?」
久しぶりの2人きりの夜で、しかも恋人の手料理でもてなされるのだ。志津真でなくとも気分が浮き立つ。
「だったら、箸と皿を出してください。場所は分かりますね」
手際よく、大鍋に水を入れ、蓋をして火にかけながら、威軍は指示する。
与えられた仕事をしながら、首を伸ばして威軍の手元を覗き込んだ志津真が、子どものように嬉しそうな顔になった。
「俺のためか?」
嬉々として、皿と箸をテーブルに並べ、志津真は狭いキッチンで威軍の横に並んだ。
「あなたが…、気に入ったようなので。この週末のどこかで食べさせようと思っていました」
そう言いながら、威軍は大きめのタッパーウェアにぎっしり詰まった手作り餃子 を、鍋の中の沸騰した湯の中に1つ1つ菜箸で落としていく。
威軍が志津真のために用意したのは、威軍が故郷で習い覚えた唯一の家庭料理である水餃子だった。
中国ではありがちだが、優秀な子どもだった郎威軍は、小学校から全寮制の学校に入り、時々週末に自宅に帰るだけの生活だった。
毎週末に自宅に帰れなかったのは、両親が自宅から遠い場所で働いており、祖母も趣味のボランティアで忙しく、帰っても自宅に大人が誰もいないことがあったからだ。
なので例え両親を恋しく思うことがあっても、好きな時に帰宅できるわけではなかった。
ただし、滅多に会えない分、両親も祖母もたまに威軍の顔を見ると、とても喜び、可愛がってくれたので、特に寂しい思いをした記憶はない。
学校に残って勉強をすることも嫌いではなかったし、寮での暮らしも悪くは無かった。
あまり家族だけの時間が無い中でも、旧暦の年越しの前夜は、家族そろって伝統的な餃子作りをしたものだ。
料理上手な祖母から他の料理を教わる時間は無かったが、年末の水餃 だけは家族全員で作っていたので、威軍はこれだけは唯一自信を持って作ることができるのだった。
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