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第5話 【餃子レシピ付き】
以前、威軍が自分のために用意した水餃子を、突然やって来た志津真が勝手に摘 まんでしまったことがあった。
大人げない行動を叱りつけようとした威軍に、志津真が先んじて驚いたように言ったのだ。
「! これ、美味いなあ。今まで食べた中で一番美味いわ」
心から感激した様子が伝わり、威軍も胸を突かれた。叱るつもりの言葉も出ない。
「え?これ、お前が作ったんか?」
その後の喜び方も志津真にしては素直で、威軍は嬉しかった。
自分が作ったもので、最愛の人を喜ばせることができたのだ。その満足感は威軍をもまた、幸せにした。
その時の多幸感をもう一度味わいたくて、この週末のために威軍は手作りの餃子を用意したのだった。
まずは麺(皮)を作る。先に作って、生地を寝かしておくことが必要だ。
300g程度の普通の薄力粉をボウルに入れ、少しずつ水を加えて混ぜていく。その日の気温や湿度で水の量は変わる。
耳たぶくらいの固さになったら手を使ってしっかりと捏 ねる。捏ねたら、生地に触れないように濡れ布巾をボウルにかけて、しばらく室温で寝かしておく。
ここまでして、威軍は一息つく。まだまだ作業はこれからだが、力を込めて捏ねるので、呼吸を整えたくもなるのだ。
だが威軍は、ゆっくりと休むわけでもなく、すぐに次の作業に入った。
中国では、挽肉などあまり売っていない。昔ながらの肉屋で塊肉を買い、小さめに切ってもらうか、自宅で自分で切る。それからミンチになるまで、あの大きな中華包丁で叩いていくのだ。
だが、ここは上海なのだ。そんな古臭いやり方はしない。市内にいくつもある、大きな外資系のスーパーマーケットに行けば、まるで日本のそれのように、きちんとパックされた豚ミンチがいくつも売っている。
冷蔵庫に入れておいた豚ミンチ200gを室温に戻す間に、威軍は卵を取り出し、ボウルに入れて割りほぐした。
中華鍋を熱して油を入れ、なるべく細かい炒り玉子を作る。好みであるが、威軍は卵を4個使う。
割りほぐした卵4個に塩を一つまみ入れる。熱した中華鍋に胡麻油を入れて、溶きほぐした卵液を一気に入れ、急いで掻き混ぜる。
そうやって1つ1つがなるべく小さくなるように炒り玉子を作るのだが、これが威軍は苦手だった。祖母の作る炒り玉子は、もっと細かく大きさが均一でキレイに出来ていた。なのに、何度やっても威軍の炒り玉子は大きさが様々で、思うようにはならないのだ。
そんな時、ホームシックでは無いが祖母や実家が恋しいと思うことがある。
なんとか威軍でも妥協できる程度の出来で、炒り玉子が仕上がる。それを皿に広げて冷ましている間に、手早くニラ1束を刻み、200gの生海老を叩いてこれもまたミンチにする。海老の種類は何でもいいが、小さめの海老だと叩きやすいと威軍は思う。
豚ミンチは室温になり、炒り玉子も冷め、ニラと、海老の用意も出来た。
いよいよボウルに豚ミンチを入れ、餃子の餡作りを始める。まずは調味料だ。
すりおろした生姜を大さじ2杯、小さじ1杯の塩と大さじ1杯の甘みのある中国醤油、胡椒を少々と、ゴマ油を好みで大さじ1程度入れる。この時、小さじ1/2の砂糖を入れるのがコツだ。
そう言えば、不思議なことに日本では餃子と言えば、餡に大蒜 を入れるものだと思い込んでいるようだが、中国の一般家庭で作るような餃子に大蒜を入れることは、まず無い。
調味料を入れたら、豚ミンチを粘りが出るまで捏 ねる。この粘りが大事だと、祖母が繰り返し教えてくれたものだ。
粘りが出たら、ニラと炒り玉子と海老ミンチを入れてよく混ぜたら、中に入れる餡は出来上がりだ。
急いで寝かせておいた生地を取り出し、打ち粉を振った台の上で細長く伸ばす。
生地が直径1元硬貨(または500円玉)ほどの太さの棒状になったら、今度は団子サイズに千切っていく。
この作業が、子供の頃から好きだった。粘土遊びのようだったし、祖母の手の中で次々姿を変える生地が面白かった。
団子を丸めて、同じサイズになったのを確かめたら、餃子用の麺棒を取り出し、薄くて丸い麺になるように伸ばす。
コツは、中心は厚めに、包んだ時に重なる端の方は薄めになるように伸ばすことだ。そして、リズミカルに、均一になるように。
こうして皮を伸ばす作業は、1人でやっていても隣に祖母がいるような気がする。
威軍は、愛する人に巡り合い、その人のためにこうして、郎家の家庭の味を食べさせたいと、こうして作業している。
まだ会ったことも無い、志津真と祖母だが、こうやって同じ家庭の味で繋がることで、ほんの少しでも家族に近付いたように威軍は感じた。
理想的な麺が出来上がると、次は包む作業だ。
動きが少ない、この地味な作業が、1人でするには一番苦痛だ。
だから、年末に家族全員でワイワイと言いながら包むのが効率的だった。
明日から新年だという、過年 (大晦日)の午後、家族や、時には近くに住む親戚や隣人と一緒に、この1年の思い出を互いに報告し合いながら、手だけはせっせと動かして餃子を包む。気が付くと何百個と餃子が出来上がるのだ。
今回、威軍が恋人の志津真のために、この三鮮餃子を作ったのは20個だけだが、まだあと2種類の餡を作るつもりだ。餃子の皮は全部で60枚。実家で作る量には遠く及ばないが、まだまだ作業は残っている。
作業前に入れた龍井 茶は冷めきっていたが、一息に飲み干すと、威軍は疲れを忘れて残りの作業を意欲的に再開した。
この苦労も、志津真が一言「美味しい」と言ってくれさえすれば、全て報われるのだ。
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