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第5話

「さすがに見逃せねーよ。なんかあったんだろ? じゃなかったらお前が遅れて来ないだろうし」 「まあ、遅れたのは予約なしで飛び込んだから染めるのに時間がかかっちゃっただけなんだけど」  とりあえずグラス磨きに専念してとぼけようとしたけれど、狭いカウンター内じゃ無駄な抵抗だ。  しばらくしてタケさんたちも帰ってしまい、残るはムラサキさんだけ。  そうなるとさすがに遅れた手前もあって黙っていることもできず、引っ張るような話でもないから仕方なく俺は事のあらましを語った。  本当はレンと二人の時に話したかったけど、ムラサキさんは俺の話を聞くまで帰る気がなさそうで、仕方なく。  とはいえそれはほとんど昨日の愚痴でしかない。  普段行かない場所で珍しい相手にナンパされて、あんまり好みじゃなかったけど酔いに任せてついていったら見事に変態だったとか。  気絶するように眠ってから目覚めた後、俺がしたこととか。 「……で、朝方に目が覚めて、まるで愛し合った後みたいに隣で寝てて。どこもかしこも痛いし、髪も体も汚れてるのに腹立って、そんなにこの髪がいいならくれてやるって、ばっさり切って投げつけてきた。で、なにもかも最悪だったから二度と会わないように祈ってる、くたばれ変態って出てきた」  別に髪を伸ばしていたのだって願掛けしてたわけでも、ポリシーがあったわけでもない。  それでもそれなりに手入れして、しかもこの前ブリーチしたばっかりだった髪に執着されて使われたら、気分が悪いに決まっている。だから捨ててきた。 「お前って、黙ってると美人なのにな……」  その顛末を簡単に語れば、レンは苦く笑って頬を掻いた。なにが言いたいかは大体察したから聞かずに話を進める。 「それで家帰って、シャワー浴びて寝たけど気が治まんなくて、起きた後に着てた服丸ごと全部捨てて。髪の毛整えるついでに、どうせだから色も変えようってなって染めちゃった」  そういうわけでさっぱりショートのミルクティ色にイメチェン。新しい髪型をどうぞご覧あれとばかりに両手で示して話は終了。  レンはいろんな言葉を飲み込むように口を開け閉めして、結局やっぱり苦笑いをした。まあ反応としてはそんなものだろう。 「天使なぁ……まあ、金髪似合ってたし、顔だけは綺麗だもんな、お前」 「『だけは』ってなに。顔だけじゃなく、体もイケてるでしょう?」  なんて頭と腰に手を当てる古臭いセクシーポーズを取ってみるけど、反応が薄いからすぐやめた。身長が高いせいでタチ扱いされることが多いけれど、それもギャップの一つとして良く働くことも多く、そのせいで一度で終わりたくないと盛り上がられることも多いわけで。 「ま、それに釣られた男が問題起こすのも初めてじゃねーしな」  レンも知っている通り、こういう失敗は何度かしていて、変態も初めてじゃなければ円満に終わらなかったのもまた同然。  今回はたまたま、好みでもない男に「天使」と表現されたのが気持ち悪くて、衝動的に髪型を変えてしまったこともあって大げさになってしまったけど、それぐらいで騒いでいられない。  ……実を言うと、前にトラブった時に警察に行ったことがあるけれど、解決どころか嫌な思いをするハメになったからもう二度と関わりたくないんだ。  男に男が無理やりヤられたくらいじゃ、被害者扱いなんてしてくれない。だったら無駄なことに時間を使うより、とっとと忘れた方がよほど建設的だ。  そしてこういうことがあるからこそ、詳しく知らない出会ったばかりの相手との一夜限りの関係がちょうどいいんだ。  名前だけじゃなく素性をなにも知らなければ、なにかあっても執着することができないから。しかも生活圏内で見つけた相手じゃなきゃ、偶然会うこともない。  だからこれで話は終わり、と話し終えてすっきりした俺とは正反対に、カウンターの向こうで話を聞いていたムラサキさんはなにか言いたげな顔をしている。  確かに気持ちのいい話ではないけれど、これ以上でも以下でもないのに。

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