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第6話

「でも、大丈夫なのかよ、その男」  そしてそんなムラサキさんより先に、レンが眉根を寄せて聞いてくるけれど、そればっかりは俺に聞かれてもわからない。 「大丈夫でしょ。探そうにもなんにも情報ないし、唯一の目印なくしちゃったし」  とりあえず肩をすくめ、自分の髪を指してみる。いたくお気に入りだった髪はその場で切って捨ててきたし色も変えた。だから手あたり次第聞くという手も使えないだろうし、探しようがないと思う。 「そもそも最初から一度きりって言ってたし。むしろこっちが、どんな顔だった覚えてないくらいだもん」  印象が悪いから覚えていたくないのももちろんあるけれど、実際に顔を見た時間が少ないから覚えていないってのもある。  後ろからされていた時に荒い息遣いだけはやたら聞いたけど、顔はさっぱりだ。 「それより、あそこにもう一回行けないことが損失だよなぁ。あのバーテンダーさん、せめて名前だけ聞いてれば……。綺麗な髪ですねって髪撫でてくれたり、カクテル作る時のあの器用な指先、絶対テクニシャンだったろうに……もったいない」 「お前って……」  正統派なレシピのカクテルも大胆なアレンジもオリジナルも全部美味しくて、純粋に腕がいい上に俺好みの見た目で喋った感触も良かった。あんなイケてるバーテンダーを逃したのは本当に惜しかった。ちゃんと好みに従って相手を選んでいたら、昨日は楽しい夜になること請け合いだったし、髪を切ることもなかったのに。  そんな風に当然の悔しがり方をする俺に、レンは呆れを隠さず力いっぱいため息をついた。 「なんか一杯くれ」  そしてムラサキさんの反応はこれ。 「ん、なににします?」 「なんか強いやつ」  どうやらムラサキさんもすっきりとはいかなかったようで、気分が腐ったのかそんなオーダーをしてきた。だから頭の中で好みの味を組み立てる。  強いやつ、と一言で言っても、もちろんいろんな味があるわけで、あまり好みという好みを持たないムラサキさんに合わせたものを選ぶとなると。  ギブソンって確かイラストレーターの名前だったよな。強いしドライな感じでいいかも。  ああでもムラサキさんはシェーカーを振った方がいいんだろうから、ギムレットとか。 「なにがいい?」  なんてメニューを考える俺に、ムラサキさんはそう問いかけてきた。ムラサキさんが、俺に。 「飲みたい気分だろ?」 「え、俺に?」  どうやら自分が飲むのではなく、俺におごってくれる気らしい。  確かに今一通りを喋って喉が渇いたし、気分的にも強い酒を飲みたいところだけど、この人に気を遣われるとは思わなかった。  こういうのを受け取るかどうかは店次第らしいけど、うちは店の売り上げになるから積極的に飲むようにしている。  でも、そうなるともう少しアルコール度数を落とした方がいいか。  仕事柄酒は強い方だけど、ある程度の量飲めばもちろん酔うし、昨日それで失敗したばかりだから気を付けるに越したことはない。  それじゃあ、とグラスを用意したところでムラサキさんが思いついたように人差し指を立ててみせた。

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