「あ、やっぱりあれがいい。ブルドッグ」 「いいですけど、どうして？」 「なんとなく」 　なにを思ってそうなったのかはよくわからないけど、とりあえずブルドッグとはウォッカをグレープフルーツジュースで割ったお酒だ。グラスの縁に塩をつけた有名なソルティドッグの塩なし版とも言う。 　シンプルなレシピだから作るのは楽でいいけれど、普通に作れば度数が高めだから自分用にはウォッカを減らしてジュース多めにしよう。 「ブルドッグねぇ」 「なに、レン」 　自分のカクテルを簡単に作り終えた俺が、ムラサキさんに乾杯用にお代わりのビールを注いでいる間、テーブルを片付けにいっていたレンが意味ありげに呟くものだから気になって声をかけた。 　すると顔を上げたレンは、意味ありげに笑って、なぜかウィンクをしてみせる。 「いや、まーほらブルドッグは強い犬だし。な？」 　その上でそんな言い方をするものだから、自分で作ったカクテルを見てから、ムラサキさんに向かって掲げる。 「お、それをくれるってことはムラサキさんが番犬してくれるってこと？」 「なんで俺が」 　一刀両断。 　ものすごい即答具合で返されて唇をへの字に歪ませる俺に、ムラサキさんは乾杯するみたいにグラスを俺の方へと傾けた。 「誰にでもついてく『犬』はアンタだろ？」 「なっ……！」 「あームラサキに座布団一枚」 　妙に決まったポーズでにやりと笑ってみせるムラサキさん。 　あまりの発言に言葉が口の中を駆け巡り飛び出す前に、レンが乾いた笑いとともに認めてくれちゃって、言おうとしていた文句が勢いを失う。 「だ、誰にもじゃないし、今回はたまたま……」 「たまたまの割には、この前もトラブってたろ。誰にでもいい顔してるからそうなるんだよ」 「あ、あれは！　うちの客とは寝ないって言ってるのに付き合いたいってしつこいから」 「諦めろ。お前の負けだ」 　なんでこの人はこうも失礼なことをポンポン投げてくるのか。それなりに俺の事情を知っているだけに、言われたくないことが次々出てくるのが腹立たしい。 　特にその件は、店の外で新規の客に迫られているのをムラサキさんに目撃されて、そのおかげで追い払えた経緯があるから余計言い返しづらい。 　それでもそこまで頻繁にトラブルがあるわけじゃないと言い返したかったけれど、カウンター内に戻ってきたレンにすれ違いざま肩を叩かれ、それ以上の反論を封じられる。 　普段、いくら常連客とはいえお客さんとここまで言い合いはしない。吹っ掛けられたとしても適当に笑顔でいなすのが俺の接客だ。 　けれどどうにもムラサキさん相手だとそうもいかないのは、相手が謎すぎてどういう対応をしたらいいのか未だに掴めないせいだと思う。そのくせ俺のことは周りの人との会話で知られているものだから、ムラサキさんの方には攻撃の手がいっぱいあるわけで。 　フェアじゃない。 「ほら、ぶーたれてないでありがたく一杯いただけよ」 　余裕のない俺が面白いのか、レンに促されておごりの一杯をいただく。 　気持ちのせいか、グレープフルーツの味がやけに苦く感じた。