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第8話
「アンタってなんでそんなセックス好きなのにオトコ作んねぇの?」
そんなぶしつけな問いは、なんとも突然にムラサキさんから投げつけられた。
さっきまで静かにグラスを傾けていたから油断していたけれど、どうやらしっかりと話は聞いていたらしい。
ちなみにいつものボックス席のメンツとのカウンター越しでの話題は、次の休みはどこら辺に遊びに行ったらいいかという話。
確かに突き詰めるとそういう話ではあるけれど、そういうのを抜きにしていきなり切り込まれるとびっくりして息を飲みこんでしまった。
機嫌よく振っていたシェーカーの手も思わず止まってしまう。
「いやあの、語弊がありまくりなんですけど」
「語弊もなにも、単純な疑問」
別に一夜限りの関係が楽でいいという話なだけで、特にセックス好きというわけでもないんだけれど。いやもちろん好きか嫌いで聞かれたら好きだけど、この場合そういうことじゃない。
厚い前髪のせいで表情がわかりづらいムラサキさんは、どうやら本当に疑問に思っているらしい。からかう口調というよりかは、思ったから聞くという子供みたいなやり方だ。
それにしても、聞き方が直球すぎる。
……まあ、遠回りすぎるよりマシか。
「それこそ単純に、一番いいとこどりしてるだけです。恋愛とか付き合うとかそういう面倒なの抜きにして気持ちいいことだけできるんだから、それの方がいいに決まってるじゃない? むしろそういうのができちゃう美貌の持ち主の特権っていうの?」
腰と頭に手を当て、うふーん、なんてわざとらしいセクシーポーズを取ってみてもムラサキさんはこちらに顔を向けたまま少しも笑ってくれない。全然ピンと来ていないらしい。
その微妙な沈黙の間と、ボックス席から届く抑えた笑い声が余計空しい。
「いやいやいや、ショートケーキの苺だけ摘んでいいんだったらみんなするでしょ? かっこつけないでいいって」
「ショートケーキは生クリーム食いたくて食うもんじゃねぇの?」
「……俺が言うのもなんだけど、それはそれで偏見がすごくない?」
「生クリームの甘さと苺の甘酸っぱさを併せて楽しむのがショートケーキだろうが」
「うー……俺のたとえが悪かったです」
寿司のネタだけ食べるとでもたとえればよかったのか、とどうでもいい反省をしながら、逃げるようにそれぞれのカクテルを注いだグラスを手にしてボックス席へ向かう。
「相変わらず言い負かされてるねぇ」
俺がやりこめられているのが楽しいのか、タケさんが陽気に笑ってみせる。買い物に出ているレンが今この場にいたら、きっと同じような反応を見せていたに違いない。
「ミケちゃん、ムラサキくん相手だと妙に絡むよね」
「そうそう、流さないでやり合うっていうか」
「わりと特別扱い?」
「いや、向こうが吹っ掛けてくるんですよ」
オーダー通りのグラスを並べつつ、そこのところは訂正する。
ムラサキさんの酒の肴としてからかわれている身としては、こちらが先に手を出しているかのような言い方は困る。
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