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第10話

 それからあっという間に店は満席になり、ちょうどよく買い物から戻ってきたレンと二人で閉店時間まで奮闘した。  新規のお客さんはもちろん、リピーターもありがたくて、当然のごとく満席も嬉しいことだ。  駅から少し離れたビルの四階ということで決して立地は良くないし看板一つで派手に宣伝しているわけじゃないから本来なら集客は難しいところだけど、人の縁と口コミというものはありがたいもので、いつもそれなりに席は埋まっている。  そしてたまにこうやって次から次に新しいお客さんが来てくれて、そのたびおごられていると、売り上げが上がって嬉しい分さすがに酔いが回るわけで。  特にムラサキさんとやり合った後は余計お酒が進むというか、その反動でいただくものを全部飲み干していたら酒に弱くはない俺でもグロッキー状態になるというもの。  なんとか店を閉めた後の片づけまでこなして家に帰る頃にはくたくたで、部屋に着くなり倒れ込むようにして目を閉じた。  深く眠るような、まどろむような、そんないつもとは違う睡眠。  決して嫌いじゃないそんなまどろみが続いたのはどれくらいのことか。 「ん……」  カタン、となにかが落ちる音がして目が覚めた。  この近さはドアのポストになにかが落ちた音だ。しかも眠りから覚めたくらいの小さくない音。  新聞はとっていないし、郵便は郵便受けに入るから、ここになにかが入ることなんてないのに。チラシでも入れられたんだろうか。それにしては変な時間だ。  眠気はまだあったけれど、気になるせいで頭の片隅が起きてしまった。仕方なくスマホに手を伸ばして時間を確認すれば、眠ってからまだ一時間ほどしか経っていない。  こんな朝からなんのお知らせだろうか。どうせだったらゴミも出してこようか。  いや、さすがにもう少し寝た方がいいだろう。  そんなことをつらつらと考えながら玄関に向かい、目をこすりながらポストを開ける。  入っていたのは真っ白な封筒だった。少し厚みがあって、その分少し重い。  宛て名もなく、裏書もない。だから誰宛で誰からなのかもまったくわからない。  やっぱりDMだろうかと軽い気持ちで封筒を開けると、意外とずっしりした紙の束が出てきた。 「……写真?」  最近はあまり見なくなったけど、この感じは写真の束だ。  だけどそこに写っているのはぼんやりとしたものでなにかわからず、ほぼ真っ黒。ピントが合っていないわけじゃなさそうだけど、全面的に暗くてよくわからない。  何枚か微妙な違いしかないそんな写真が続き、雑にめくった先に変化があった。  暗い画面が四角に切り取られたように明るくなっている。 「……ん?」  そこで違和感に気づいた。見覚えがないのに知っている景色。  それに気づいた瞬間、急に冷たい風が吹き込んできたように体が震えた。  これ、窓だ。  夜の窓を外から写した写真。そしてそこに写るカーテンの模様を、俺はよく知っている。 「うち……だ」  首を巡らせればすぐそこにある見慣れたカーテン。それがここに映っている。  思わず写真の束を取り落として、そこに広がった光景にぞっとした。  窓を開ける俺に、うちのドア、そこから出てくる俺、寝ぼけ眼でゴミを出し、大あくびしてまた部屋に戻るその一連。何気ない朝の写真。  誰にも教えていない俺の家の写真が、どうしてこんな風に家に届くんだ。  ……と、そこまで考えて気づいてしまった。  宛て名のない封筒。それが入れられた音で目が覚めた。  つまり、ドア一枚挟んだすぐそこに、これを入れた相手がいたってこと。たぶんそれは、これを撮った人間。 「さすがにこれはちょっと……」  笑って誤魔化そうとした声が揺れているのがわかる。  眠気はすっかりと吹き飛んでいた。

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