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第12話

「誰か、家に来た」  苦く笑った顔は、たぶん苦みがだいぶ勝っていたと思う。  それ以上の説明が面倒で、捨てることもできずにいた封筒をそのまま渡したら、ムラサキさんは怪訝な顔をして中身を取り出した。そして何枚かめくって唇をへの字に曲げる。 「……なんだよこれ」 「俺の家と俺」  封筒に入った写真の束は隠し撮りばかりで明らかに普通じゃなくて、とてもじゃないけれど知り合いからの思い出写真の送付には見えない。  手紙は入っていなくても誰かからのメッセージなのは確かだ。  それが誰かわからないのがまた気持ちが悪い。 「言っとくけど誰も家に連れ込んでないし、住所は元よりどの辺に住んでるのかも話したことない。けど、今朝これがポストに入れられる音で目が覚めた」  正直、心当たりはありすぎるほどある。名前も知らない、顔もほとんど覚えていない相手だって大勢いる。  でも今まではこんなことなかった。だってその場で出会って、名乗りもしないで体を重ねて、その場で終わりだったから。 自業自得と言えばそれで終わりの話で、だからこそどうしたらいいかわからなくてここでこうやってぼーっとしていたわけで。 「ムラサキさん?」  適当に散らばったものを集めてきた写真をしばらく眺めていたムラサキさんは、今度は封筒を透かしてみたり覗き込んだりして眉をひそめた。 「……これって、アンタの髪の毛か?」  そしてそんな声とともに封筒の中から摘み出したのは、一本の長い髪。夕陽を受けて金色に輝くそれは、たぶんムラサキさんの言う通り俺のものだ。  それで思い浮かんだのは、顔はおぼろげながらもされたことははっきり覚えているサラリーマン。 「あいつだ」 「天使野郎か」  どうやらムラサキさんも覚えていたようで、言う声が尖る。  俺がその場で髪を切って投げつけてきてやったあいつ。たぶんこの髪はその時のものだ。偶然入るようなものではないだろうし、きっと自分だというアピールだろう。  手紙や名前が入っていないかは見たけど、まさか髪の毛で主張してくるとは思っていなかったから見逃していた。言われなければ気づかなかっただろう。  でも、あいつならあいつで疑問は残る。 「でもなんで家に。教えてないのに」 「つけられたのか?」 「わかんないけど、そんなにすぐ追いかけられる格好じゃなかったはず……」  俺がホテルを出てきた時は、まだ裸でベッドの上だった。あれからすぐになにかを身に着けて飛び出したとしても、俺の後を追って家までついてくるのは無理じゃないかと思う。  普段行かない場所だから、周りに聞いたところで俺の居所なんてわからないはずだし。 「スマホの中見られたとか」 「番号のロックは解けないと思う、けど、わかんない」 「じゃあGPSとかは?」 「え……?」 「なんか物もらったり、はしてなくても、どっかつけられてたり」  言われて考えたところで、あの時のことはよく覚えていない。荷物は持っていなかったし、財布の中にも住所がわかるようなものは入れていない。物も受け取っていない。ただ、たとえば服のポケットの中になにか入れられていたとしたら。 「でも着てた服捨てた。朝」  あれから財布は何度か使ったけど妙なものは入っていなかったし、あるとしたら服の方だ。でもそれは全部捨てた。 「じゃあ証拠はないな。けど、その方が良かったかもしれない」  結果的にそれが良かったのかはわからないけど、もしも本当にそこになにかをつけられていたのなら、持ち歩かなかっただけ良しと思った方がいいのかもしれない。  ただ、そうじゃなかったら。ただずっと見張られているだけだったら。 「とりあえず店行こう」  色んな可能性が浮かんできて、一気に不安になったタイミングで、ムラサキさんが立ち上がってはっきりした声でそう告げた。 「どうしよう、店のこと知られてたら」 「だったらもうとっくに来てるだろ。一回落ち着いた方がいい。マスターにも知らせた方がいいだろうし」  もしも知られていたら、または今つけられていたら。店に迷惑をかけてしまう、とためらう俺に、素っ気ないくらいの調子で返すムラサキさんは、知らないうちに強く鎖を握っていた俺の手を取った。 「行くぞ」  ぐいっと強く引っ張られ、強引に立ち上がらされる。そしてそのまま歩き出すから、考える間もなく俺も後に続いた。握られた手の力強さが妙に頼もしかった。

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