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第13話
「お? なんだよ二人で来るなんて珍しい。同伴か?」
手を繋いだまま店のドアをくぐった俺たちを見て、レンがにやけた笑みを見せる。どうやらレンも今来たようで、これから開店準備をするみたいだ。
やることはあると言ってもいつものことだし、それをこなしながらでも話すことはできる。
それを切り出そうとするより早く、鋭いレンが俺たちのいつもと違う様子に気づいたようだった。顔をしかめ、掃除を始めようとしていた手を止める。
「なんだよ、なんかあったのか?」
「実はちょっとだけまずいことになったというか」
「マスター、これ見て」
どうやって切り出そうかと迷う俺をよそに、ムラサキさんは説明を省いてまず封筒を渡す。
それを怪訝な顔で受け取ったレンは、中の写真を取り出し手早くめくった。
そしてそれが俺の家の隠し撮りだと気づいたようで、歪んでいた顔がよりいっそう険しくなる。
「は? なんだよこれ」
「今日の朝、俺んちに誰かが直接届けにきた」
隠し撮りの写真の届き方もまた普通じゃなく、俺が一晩限りの相手に家を教えているはずがないと知っているレンだからこそ余計その異様さに気づいてくれたようだ。
ボックス席のソファーに腰を下ろし、何度も写真をめくって「直接、なぁ……」と苦い声を洩らす。
しかもその後で俺の髪の毛が一緒に入っていることに気づき、俺たちと同じ人間が思い当たったようだ。
「ホテルから帰んのにタクシー使ったか?」
「あ、そうか」
少し考えこんだ末に眉をひそめたまま聞かれ、先にムラサキさんがその可能性に声を上げた。遅れて俺も思いつく。
そうか。そういう手もあったか。俺が乗ったタクシーがわかれば、行き先を聞くということもできるのか。
普通は教えないだろうけど、言い訳次第ではないとも限らない。たとえば忘れ物をしただとか、逆に大事なものを持っていかれたとか。
「まあそれは俺の想像だとして、手段はわかんねぇけど、とにかく家を知られてることは確かなんだろうな、これは。そういうアピールだろ?」
ドアの向こうまで来ていたんだ。訪ねることもできたはずなのに、わざわざこの封筒だけを入れていったということはそういうことなんだろう。
それは直接声をかけられるよりメッセージ性があって気味が悪い。
「こりゃしばらく家帰んない方がいいな。あーでも家今……あー……」
眉間にしわを刻んだままのレンが気を遣ってくれようとしたらしいけれど、途中で言葉を濁したのはそれをできない理由があるから。きっとまたなにか拾い物をしたのだろう。猫とか犬とか。それとも厄介な預かりものだろうか。
「まあ、あんまり家にいるようにしなければ大丈夫でしょ。いる時は戸締りしっかりするってことで」
一日くらいの避難ならまだしも、レンの家に何日もお世話になる気は元からない。とはいえ誰か転がり込むような相手の心当たりもないから、できることといえば「気を付ける」ぐらいだ。
こんな風に遠回りの手段を取っているということはしばらくは襲ってくる気がないということかもしれないし、だったらあまり家に寄り付かないようにすればそのうち諦めるかもしれない。
元から仕事の日はずっとバーにいるし、休みの日は大体男とホテルで、家には寝に帰るだけみたいなものだ。その時間をなんとかやり過ごせれば、そのうち飽きてくれるだろう。きっと。
気持ち悪さも恐さもあるけれど、ホテルを泊まり歩くというわけにもいかない。戸締りを気を付けて、出かける時に油断しないってことでなんとかするよと立ち上がって笑う俺に、レンは苦い顔のまま写真に目を落とした。そして入っていた髪の毛にも。
「けどよ、やっぱ一人でいない方が」
「うちは?」
とりあえず一息つきたくてカウンターの中に入り、なにか作るよと向けた視線がムラサキさんにぶつかった。そして不意にムラサキさんが口を開く。
俺より困っているレンの言葉を遮り、とても何気ない口調で。
「うち?」
「俺ん家」
他になにが、とでも言いたそうな表情で答えられて、グラスを並べようとした手が止まった。
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