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第14話
「えっと、ムラサキさんの家……?」
「広くはないけど、人一人くらいならしばらくいるぐらいはできるし、基本的に俺も家にいるから一人にはさせないし」
最初の疑問が解けないまま、ムラサキさんは淡々と話を進めていく。
とりあえずウーロン茶を入れてソファーに戻ると、それぞれの前にコップを並べて再度同じ質問を繰り返した。
「俺が、ムラサキさんの家に?」
すると座った時に膝が当たったらしく、ムラサキさんがじりじりとずれるようにして俺と距離を取った。意図的に触れたわけじゃないのにそんな離れ方をされると、まるでエスカレーターで目の前の女の子が急にスカートを押さえてきた気分になる。
「接待はできねーけど、しばらくの隠れ家にはなるだろ」
それでもどうやらムラサキさんは俺を匿ってくれる気らしい。
たまたまこの場に居合わせたからだろうか。それにしても提案が少々突飛じゃないだろうか。
いくら常連さんとはいえ、俺とムラサキさんの付き合いはやっと一年経ちそうだというくらいで、その間にお互いを知るような会話をしたわけでもない。やりとりはあっても、からかわれたり遊びのことで嫌味を言われたり、その程度だ。そりゃあ俺のことは他のお客さんとの会話でそれなりに知っているかもしれないけれど、それだって「ミケ」としての一部でしかない。
非常事態とはいえ、そんな人のお世話になるのはあまり現実的ではないんじゃないだろうか。
そもそも誰かの家にしばらく住むということだけで気が進まないし、それがムラサキさんとなると余計気が向かない。
「気持ちはありがたいけど、いきなりムラサキさんの家泊まるってのも……。だってほら、ムラサキさんのことなんにも知らないし。そもそもなんで助けてくれようとするの?」
さっきは動揺していてムラサキさんに聞かれるがまま答えてしまったけれど、本来なら喋るようなことじゃないし、笑い話にするならまだしも助けを求めるような間柄じゃないんだ。
「だってアンタの家、危ないだろ?」
それでもムラサキさんは単純な理由で手を差し伸べてくるから困ってしまった。
気持ちがありがたいのは本当。でも気が乗らないのも本当。
家まで知られているということは危ないかもしれないけれど、まだ隠し撮りの写真をポストに入れられただけだし、大騒ぎするような段階ではない。
こういう形ではないにしろストーカーされたことがないわけではないし、よく知らないムラサキさんの家に行くことと天秤にかけると微妙な傾き具合だ。
「……疑って悪いけど、一応聞かせてくれ。これは、お前じゃないよな?」
助けを求めるように見たレンは、写真をまとめて封筒に入れ、それを指先で示しながらムラサキさんに尋ねた。
険しい顔のレンに言われてから、初めてそんな可能性があることに気づく。
レンが心配しているのは、これを撮ってポストに入れたのがムラサキさんじゃないかということ。なにかの理由があって、脅して俺を家に連れていく計画だったら、熱心に家を勧めてくれる理由もわかるけど。
問われたムラサキさんは、決して愉快そうな表情ではなかったけれど怒りもせずに息を吐いてから首を振った。
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