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第17話
「それじゃあちょっとの間だけお邪魔します。マンガ家さんのお家、見てみたいし」
「……なんか、別に心配の必要なさそうだな」
「え、いやいや、俺心配でしょ? ストーカーですよ? 家帰れないですよ?」
どうやら最後の言葉が余計だったらしく、低い声で呟かれて慌てて体を小さく丸めてみる。俺の態度はあまり気に食わなかったらしいけれど、ストーカーも家に帰ることができないことも本当だからか、ムラサキさんは一つ大きなため息をつくことで話を終わらせた。
「そういうことだから、マスター、今日程よい時間で連れ帰っていい? 店張られてると危ないし」
「おう、もちろん。飯食ったら帰りな。で、しばらくは来なくていいぞ」
「え、クビ!?」
「ばーか。心配してんだよ」
立ち上がり、俺の頭を子供にやるようにくしゃりと乱してカウンターへと戻るレンは、小さいけど大きくて頼れる男の笑みを見せる。
「忙しい時はいつも通りバイト雇うし、ここから帰る時に居場所がバレたら面倒だろ」
すぐ来てくれる人も手伝ってくれる人がいるのも知っているし、店に迷惑もかけたくない。そしてもし店のことを知られていたとして、そこから避難場所としてのムラサキさんの家までつけられたら避難の意味がないし、ムラサキさんにまで迷惑がかかる。
それはわかっているけれど。
「ここで働くの、俺の生きがいなのに……」
レンに拾われてからというもの『ミケ』としてここで働く時間は今や俺の中で大部分を占めていて、まさしく『生きがい』なんだ。
だからいくら誘われても店のお客さんとは寝ないし、ここがバレないように遠くで相手を探していたのに。
「『念のため』『しばらくは』って但し書き付きなんだから、少し大人しくしてろって」
「……まあ、どうしても来るんだったら、変装して遠回りすれば大丈夫だと思うけど」
「ん」
俺があまりにもへこんでいたからか、二人からフォローが入って申し訳なく思ってしまった。俺の問題なのに、俺がわがままを言ってどうするんだ。
元々はあそこで酔っ払って判断ミスをした自分の責任なんだから、反省をしなければならないと、軽くなった髪の毛先に触れてため息をつく。
「なんにせよ、ホテルの方の仕事はするんだろ?」
レンが言っているのは、常連さんに紹介してもらったホテルでのバーテンダーの仕事のことだ。
それなりに名の知れたホテルの、スカイラウンジが魅力の大人のバー。そちらでは本名で、ここよりもきちんとした格好でバーテンダーをやっている。
メインのバーテンダーは他にいるために行く回数はさほど多くないけれど、勉強になるだろうからと紹介しくれたんだ。そしてそこの名前があるからこそ呼ばれる仕事が少なくないから、人脈はとても大事だと思う。
「ん。休んだら悪いし、顔潰したくないから。でもそっちは猫かぶってるしなぁ」
「しばらくは大人しくしとけよ。それよりも、そっちでばったりってことにならないように気をつけろよ」
「むしろそうなったら身元押えてやるって」
「それより先に、アンタがベッドに押さえられないようにな」
ぶっきらぼうながらも気遣ってくれるレンと、注意のような嫌味を言うムラサキさんと。
どちらもそれぞれの表現で心配してくれているのがわかったから、肩をすくめて受け取った。
「ま、なにはともあれ元気出たなら良かったよ。さっきまで本当に顔色悪かったし」
「そんなに?」
「正直、だいぶ。そういうわけなんで、しばらくの間よろしく頼むな、そいつのこと」
「まあ、本人次第ですね」
保護者のように心配してくれるレンに、ムラサキさんはあくまでいつもの態度で。
その変わらなさが、今は妙に安心できた。
「よっし、そうと決まったらさくさく開店準備! 遅れてるぞ!」
そう声を張り上げるレンにその後しばらくいつも以上にこき使われたのは、俺を元気づけるためだと思っておこう。
おかげで働いている間は写真のことをすっかり忘れられたんだから。まあ、考えている暇がなかった、とも言えるけど。
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