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第21話

 ……さてどうしようか。  少しの間ムラサキさんの言葉通りじっとしてみたけれど、聞こえてくるシャワーの音がなんとも落ち着かなくて、這うようにして本棚の前に移動した。  人のシャワーの音を聞いているとベッドに入りたくなってしまう。  背の高い本棚にはマンガの他にも資料らしき写真集や分厚い本が並んでいる。視線を上げるのと一緒に立ち上がると、目に付いたのは上から二段目くらいの微妙に目の届きにくい位置にあるマンガたち。  明るい色の背表紙には明らかに普通の少年マンガとは違う変わったタイトルがついている。どうやらこれが噂のBLマンガというものらしい。  それにしても作者も出版社も色々あるようだから、もしかしたら趣味よりも資料の意味合いが強いのかもしれない。  手始めに目に付いたマンガを一冊手に取ってみれば、わかりやすくはだけた美男子二人が抱き合ってこちらを見ている表紙に当たった。なんとも直球だ。 「うわあ……すごいなこれ……」  パラパラとめくってみたところどうやらこれは学園ものらしく、学ランの男の子たちが色々とやっている。というかそのものずばり、ヤっている。  実際のセックスよりだいぶファンタジーな部分はあるけれど、それにしてもだいぶハードだ。下手なAVよりエロい。  ムラサキさん、これを読んでいるのか……。  思わず風呂場の方を窺って、もう一度マンガへ目を落とす。男同士のエロシーン。  読んでいるということは興味があるのだろうか。  そう思えば、ムラサキさんがノンケかどうかは確証がないのか。  普通に考えたらBLを描いているイコール男同士の恋愛に興味があるということだから、ムラサキさん自身もそういう趣向である方が自然なのかもしれない。  でも、だったらあれだけあった誘いを断る理由がわからないし、興味があるのならとりあえず付き合ってみてもいいはずだ。それを、ネタのためでも誘いに乗らなかったということは、やっぱりノンケだっていうことにならないだろうか。 「ていうか、彼女とか遊びに来たりしないのかな」  俺の家よりかは確実に人を招く家に見えるムラサキさんの家は、当たり前のように訪ねてくる人がいないのだろうかと今さら不安になる。その時に俺がいたら困るだろう。  パラパラとめくってなんだか気まずくなったマンガを戻すと、もう一度本棚全体を見渡した。 「そういえば」  ムラサキさんの本はないんだろうか。電子書籍というのはよくわからないし、自分の本だったら持っていそうな気がするんだけど。  見たところその名前が目に留まることはなく、見せてもらったタイトルのマンガも見つからなかった。  さすがにパソコンを覗くほど非常識ではないし、とりあえず元の位置に戻る。  ムラサキさんの家にはテレビがないし、時間の潰し方が難しいなとスマホをいじろうとしたとき、ベッドのある部屋にもう一つ隠れるように本棚があることに気づいた。  薄暗い上によく見なかったから気づかなかったけれど、ふすまの陰に背の低い棚が置いてある。隠すように布がかかっているけれど端からたくさん詰まった本が見えている。  なんとなくその置き方が気になって、エッチな本でも隠しているんじゃないかと好奇心全開で近づいた。四つん這いで、移動音を殺すようにそっと。 「あ」  それから指先でつまむように布、いやかけられた服をめくるとそこに、ムラサキ、と書かれている何冊かの本を見つけた。やっぱりマンガあるんだ。しかも結構たくさんある。  隠したつもりなのか服が乗せられているけれど、かけ方が雑なせいで隠しきれていなかったんだ。  見られると恥ずかしいのだろうか。一瞬悩んで、興味が勝った。  どれにしようか悩んで、とりあえず一番わかりやすい右端のマンガに指をかけ。 「それは読むの禁止」  その瞬間。  上から声が降ってきて、思わず肩が跳ねた。まるで家主に見つかった泥棒だ。いや、むしろほとんどそのものか。  ともかくそっと指を離してその場に座り、誤魔化しようのない状況を、それでも誤魔化すように笑って見上げれば、そこにはいつの間にか風呂から上がっていたムラサキさんがそこにいた。

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