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第22話
明かりを背負って俺を見下ろしているムラサキさんの口元がへの字に曲がっているから、どうやら冗談ではなさそうだ。
だからまた来た時と同じように這って戻ろうとしたら、首根っこを掴まれた。野良猫を捕まえるかのように雑に。
「あー謝るから放り出さないでっ」
どうにもムラサキさんは俺のことを犬とか猫扱いするのが好きらしい。許してくれたのかどうかはわからないけれど、手離してくれたから慌てて両手を上げて降参の意思を示す。
「とりあえず俺はそっちで仕事するから、ベッド使って」
するとなんとも簡潔に就寝の指示を食らった。大人しく寝ろと。
普段ならまだまだ夜は始まったばかりと言いたい時間だけど、正直することもないし、俺がいると集中もできないだろうから寝るのはいいんだけど。
「明るかったらそこ閉めて」
押し入れから出したお客様用らしい布団を抱えてパソコンの横に運ぶムラサキさんに、さすがに待ってと引き留めた。
「待って待って。ベッドは家主が使うものでしょ。俺は居候なんだから寝られないよ。むしろその布団を貸していただきたい」
そう言って両手を伸ばす俺と抱えた布団を見比べたムラサキさんは、それをその場に下ろし、いいからと首を振る。
「……なんか似合わないから。それに一応お客だし」
普段はあんなに失礼な口を平気で聞くくせに、ストーカーの件があって気遣ってくれているのか妙な優しさが逆に困る。
だから半ば強引にその布団を奪い取って、ベッドの横にあるスペースに敷いた。そしてここが俺の場所だとばかりに上に居座る。
「俺はここでいいよ。ムラサキさんが上。俺は下がいいの。絶対下。そういうとこはちゃんとしないと。ほら、俺違う環境で寝るの慣れてるし。ね。はい、俺が下! 決まり」
「……」
きっぱり言い切って話は終わりと見上げたムラサキさんは、なぜか立ったまま無言で俺を見ている。
「ムラサキさん?」
なにか変なことを言ったか? ただのベッドの譲り合いで、俺が下がいいって……。
「あ、上とか下とかポジションの話みたいだったな。ごめん、なんか」
そんな風に聞こえないこともなかったなと頭を掻くと、無言のままふすまを半分閉められた。くだらないことを言っていないで早く寝ろということらしい。
てっきり流されてそのまま二人でベッドを使うものかと思っていたけれど、この反応はやっぱりノンケなのか、それとも単純に俺がタイプじゃないか。
「じゃあ俺、邪魔しないように寝るね。おやすみ」
どちらにせよ俺に用がないならそれでいい。ふすまの向こうに声をかけ、そのまま横になって布団をかぶった。
埃臭くないから、定期的に干しているんだろう。それだけ頻繁に誰かがこれを使っているということだろうか。それともムラサキさんがマメなのか。
それにしてもこの長さになって濡れた髪が早く乾くのだけはいいな、なんてとりとめのないことを思いながら、俺は驚くほどあっという間に眠りに落ちていた。
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