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第24話

 開けたそこからなんとも香ばしい朝の香りが漂ってきて思わず大きく息を吸い込んでしまった。 「これ持ってって」  そこから出したお皿を二つ渡され、そのままテーブルへと運ぶ。 「なにこれおいしそう」  目玉焼きの乗ったトーストはまるで有名なアニメ映画に出てくるような見た目で、ムラサキさんがお湯を入れて持ってきてくれたカップスープと合わせるとなんて朝食らしい朝食だろう。次いで昨日と同じような甘いコーヒーを置かれて、目はすっかり覚めた。 「いただきます」 「……ん」  メインのトーストは、真ん中に目玉焼き、その周りをマヨネーズが囲っていて、チーズとパセリがかけてある。パセリの緑がアクセントになっている目にも鮮やかなトーストに口元が緩む。  思わず両手を合わせて挨拶すると、向かい側から小さな返事。  そういえば、こうやって誰かと朝食を食べるのもいつぶりだろうか。それがまさかムラサキさんとだなんて人生にはなにがあるかわからない。  ムラサキさんってよくわからない意地悪な人かと思っていたけれど、昨日からの言動を見るにだいぶ印象を修正しないといけないようだ。  さて、まずはトーストを一口。サクッといい音を立てて食べたところで、そういえば周りにあまり音がないことに気が付いた。  通学路からは外れているのかそれとも登校の時間は過ぎているからか子供たちの声はしないし、出勤で慌てるような音もしない。それにこの家にはテレビもラジオもないから黙ってしまうととても静かなんだ。  ムラサキさんと会う時はいつも店の喧騒の中だから、こんな静かな状態で二人で朝飯を食っているというのはなんとも不思議な感じだ。  ムラサキさんは俺をからかう時以外は元々寡黙な方だから、ここは俺が話さねば。  なにか話題を探せ。  もう一口食べた熱々トーストをゆっくり咀嚼し、これまた熱いスープとともに飲み込んで、黙々と食べるムラサキさんを観察する。  普段は一人でこうやって朝食をとっているんだろうか。マンガ家ってもっと寝て起きてが適当な生活をしているのかと思ったけど、ムラサキさんはそういうタイプじゃないらしい。  人を呼べる部屋だということは誰かが来る予定もあるんだろうし、その誰かと朝を迎えることだってあるだろう。  ……そうだな。そこをちゃんと確かめておくか。 「ねームラサキさん、男と寝たことある?」  回りくどいことをしても仕方がないし、単刀直入に聞けば、スープを飲む手が止まると同時に睨まれた、気がする。 「……なんだよ朝からその話題」 「いや、どうなのかなって」  結局のところムラサキさんはどういう感じなのか。この際はっきりさせとこうと問う俺に、大きなため息を吐くムラサキさん。 「ねぇよ」 「え、一回も?」 「ない」  好き嫌いは別として、遊びとか興味とか流れとか、そういう一回もないのか。一夜の過ちでもなんでもあるのなら今さら隠すこともないし、ということはやっぱりノンケらしい。そうか。本当に店にはネタ探しに来ただけだったのか。そうか。 「なんで。期待してたわけ?」  その言葉を噛み締める俺を見て、ムラサキさんはカップを置いて窺うように顎を上げた。  期待。ムラサキさんに抱かれる期待。 「いやーどーなのかなーって」  昨日の夜、シャワーを浴びている時にはそれなりに覚悟をしていた。いや、覚悟なんて立派なものではない。ただなんとなく、俺を家に招くならそういうことも含めて、なのかと思っただけ。  だからそうなったとしたら、流されるままで強く拒みはしなかったと思う。 「ふぅん。夕は俺に抱かれる気で家来たんだ?」 「ムラサキさん相手だったら、そういう代償くらいは必要かなーって」  突然の親切よりかは、ある程度打算的な方が納得がいくしわかりやすい。だから家に呼んだのも結局は体が目当てだったと、そう言ってくれた方がどれだけわかりやすかったか。  俺としてはそういう考えだったんだけど、ムラサキさんにはその反応は納得がいかなかったらしい。  明らかに不機嫌オーラが噴き出して、唇がへの字に曲がった。

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