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第25話

「別に出てってもらっても構わないんだけど」 「いや、ごめんって。そんな優しい人だと思ってなかったから。感謝してます。置いてくれてありがとう。助かりました」  慌てて頭を下げたのはこの場をしのぐためと思われるかもしれないけれど、これは全部本当。俺が困っているのを気に留めてくれるとも、助けてくれるとも思っていなかった。だから今は本当にありがたいと思っているし、追い出されると困る。 「さすがに家まで来られたのはちょっと恐かったから。話せる相手がいると、安心する」  なにより動揺して最低限の荷物だけで家を出てきてしまうくらいには恐かったんだ。  誰だか知らない奴が教えてもいない俺の家にやってきて、ドア一枚挟んでその向こうにいたかと思うと今でも恐い。  あの時はたまたま封筒を入れて帰ったけれど、例えばあそこで外に出てかち合っていたらなにをされていたか、どうなっていたか。それは正直想像したくない。  そんな風に、昨日あれだけ嫌な気持ちになった朝をこうやって平和に迎えさせてくれたのは間違いなくムラサキさんのおかげだ。だってあんなことがあったのに、怯えることなく朝までしっかり眠れたんだから。  それはすぐそこにムラサキさんがいてくれたから、だと思う。だから恩人であることは確かだ。 「家賃はちゃんと払うから、しばらくよろしく」 「別にいらねぇよ。ここ安いし」 「じゃあ光熱費とか。食費とか、なんか滞在費払わせて。気になるから」  すでにシャワーとか布団とか借りてるし朝飯も出してもらっているんだ。さすがにそこまで好意で受け取れないとなにかしらの形で払わせてくれと頼みこむ俺を、ムラサキさんは無言で受け止める。  それからサクサクと口の中にトーストを詰め込み、スープで飲み下したムラサキさんは、考え込むように斜め上を見た。  指についたチーズを舐め取る舌がなんだかちょっとエロい。 「じゃあ、家賃代わりにモデルして」  そんな仕草に気を取られていたからか、それともその提案が意外だったからか、返事が一瞬遅れた。 「モデル? ヌード?」 「脱ぎたいならそれでもいいけど」  呆れたように流されるのは、ただスルーされるより悲しい。  常連さんにアーティスティックなフォトグラファーの人がいて、モデルの仕事をした時のことを思い出して聞いただけなのに、なんで俺が脱ぎたい人みたいになっているんだ。  俺に頼むのだからそれが一番可能性が高いと思ったんだけど、そうではないんだろうか。 「エロいのじゃなくて?」  また睨まれた、気がする。  ただ単純に、必要だから男同士のセックスを見せてくれと言われるのかと思っただけどそうでもないらしい。 「普通にしててくれれば勝手に写真撮るから」 「そんなんでいいの?」 「写真は喋らないし」 「それ、喋るなってこと?」 「美人なのに喋ると台無しってよく言われないか?」  あまりに普通過ぎる要求に呆気にとられる俺と、呆れるムラサキさん。  肩をすくめてのいつも通りな口調で聞き流すところだったけれど、今とても引っかかる言葉が聞こえた。  とりあえず一度コーヒーを飲んでその甘さで冷静になってから、もう一度頭の中で反芻。やっぱり今の言葉はつっこむべきだ。 「……ムラサキさんも俺のこと美人だと思うんだ?」  思わず神妙な表情で声を潜めるように聞けば、ムラサキさんの反応は首を捻るというものだった。たぶん眉もしかめられたんだろうけど、あいにくとよく見えない。  とりあえずあからさまになにを言っているんだという顔をしてから、たぶん自分の発言を顧みたのだろう。  これまたわかりやすく「しまった」という色を全面に出してくれたから、それを受けて唇を笑みの形に歪めてしまった。やっぱり俺の聞き間違いではなかったらしい。 「……まあ、顔は整ってると、思う」  今さら誤魔化しは効かないと悟ったのか、ムラサキさんはむすっと不機嫌そうな様子で認めてくれた。  それから若干荒い手つきで俺の空になった皿を自分のものと重ね、さっさと立ち上がってコップと一緒にキッチンへ持って行ってしまう。照れ隠しだろうか。

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