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第26話

「ふふふ、レンにもよく言われる。顔だけはいいのにって。でもムラサキさんが『美人』って言ってくれたのは正直嬉しかったな。レンに自慢しよ」 「言ったら追い出す」  洗い物くらいはやりますと全部飲み干したコップとついでにスープのカップを持って後を追ったら、きっぱりと返された。  どうやらムラサキさんにとってそれはかなりの失言だったらしく、なかなか強い口調で忠告されてしまった。 「じゃあ、レンには言わないからもう一回今の言って?」 「そういうのは他の男に頼めよ」  俺の手からコップを取り上げ洗いだそうとしたムラサキさんの手から、今度は俺がスポンジを取り上げ勝手に皿を洗う。  レンの料理が名物の一つであるバーで働いていると、わりと頻繁に洗い物も業務として入ってくるから、話をしながら磨くのには慣れている。  大した量じゃないせいであっという間に洗い物が終わってしまって、ムラサキさんは肩をすくめて手を出すのをやめた。 「あ、そうだ。後で大家んとこ行くから」 「え? 大家さんのとこ?」 「一応ここ単身者向けだし、しばらくいるんだからちゃんと挨拶しとかないと。怪しい奴から逃げて怪しい奴に思われたら意味ないだろ」 「……ムラサキさんって、意外とちゃんとしてるんだね」 「『意外と』は余計だ」  どうやらこっそり拾ってきた猫を隠すように置いてくれるんじゃなくて、ちゃんと許可を取るつもりらしい。てっきり誰にも見つからないようにこそこそしなくちゃいけないものだと思っていたから、挨拶に行くという発想はなかった。  なによりムラサキさんがそういうことをちゃんと考えていて、きちんと筋を通す人だと思わなかったから驚いてしまった。  どちらかというと偏見を受ける身である俺だけど、どうやら俺もムラサキさんに対してだいぶ偏見を持っていたらしい。  こういうところは反省しよう。  そして端的に言うと、挨拶はとてもスムーズに済んだ。  変な奴につきまとわれていて、しばらくここに隠れさせてほしいという俺に、大家のおばあちゃんは大層心配してくれて、周りをよく見て回るから安心してと強い口調で言って最終的に煮物までいただいて帰ってきた。

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