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第28話
「で?」
「で、って?」
仕事ではないながらも慣れたルーティーンとして一通りの開店作業を終え、開店までの時間を潰すようにソファー席に座った俺に話しかけてくるレン。
俺はページをめくる手を止めずに返す。
「ムラサキとは寝たのか?」
「寝てません」
「なんで」
「なんでって」
なんとも不思議そうな声を投げかけられて、少しだけ顔を上げる。
下ごしらえをしながらの片手間な質問は、世間話の天気レベルのもので、つまりそれくらいの話題だということだ。
むしろイエスの返事しかないと思っていたらしいレンは、驚きのまばたきを繰り返して俺を見ている。家に泊まっているんだから、なにもないことはないだろうとその視線が伝えてくる。
「いやいや、せっかくの緊急避難先なのに、ダメにしてどうすんの」
「別に一回や二回ヤったって変わんねーだろ」
包丁のリズムが変わらない程度の雑談としてなかなかの話題を振ってくるレンだけど、まあ日常会話といえばそんなものだ。
それに久しぶりのこういう会話は、ムラサキさんとはできなかったものだから素直に楽しい。
「変わるよ。した相手と慣れ合うのイヤだし」
「慣れ合うって。お互いいい大人なんだから割り切ればいいだろうが」
「俺が嫌なんだってば。それにムラサキさん、男に興味ないって。ここに来てたのもネタ集めだってわかったじゃん?」
「……男に興味のないノンケ何人落としてきたんだよお前」
「誘ってその気になるのは興味がない男じゃないでしょ?」
その時点で女としか経験がなくたって、俺に興味を持って寝ようとしたということはその気があるのと同じことだ。
でもムラサキさんは違う。誘ってはいないけれど、その気があるならもうとっくに手を出されているはずだ。
その事実が信じられないのか、レンの手元の音が止まった。
「マジでしてないのか? ぶっちゃけそれ目的っつーか、それ込みで匿ってくれてんのかと思ってた」
「実は俺も。でも実際手出されてないし。風呂上りも寝る時もノーアピール。毎日ぐっすり」
ぶっちゃけた話、そういうアピールが向こうからあったら仕方ないものだと思っていたんだけど、実際の俺は最近とても健全に生きている。自分でも信じられないくらい禁欲的だ。
むしろ恐ろしいほどと言った方がいいくらい。
たまにお寺にいる気分になるほどだ。
「はあ……男同士の恋愛マンガ描いてるから興味あんのかと思ってたのに」
「それとこれとは別なんじゃない? 仕事は仕事って感じで。普通に巨乳好きとかなんじゃないかなーたぶん。男ってそんなもんでしょ」
再びめくるページに目を落とし適当に答える。
別におかしい話じゃない。むしろそうじゃなければ殺人のマンガを描いている人は殺人鬼じゃなきゃいけないし、妖怪のマンガを描いてる人は本人が妖怪じゃなきゃいけない理屈になる。
そこまで極端じゃなくても、自分に関係ないことだからこそ描けるというのもあると思う。
「あーそれか清楚で可憐な女だな。お前と真逆な感じの」
俺をいじめるのが楽しいらしくにやけた声が聞こえたから、一度顔を上げるとカウンターに乗り出してまでからかってくるレンが見えた。ムラサキさんの趣味はいいとして、真逆と言うのは失礼じゃないだろうか。
「えー俺結構清楚じゃない?」
「それはAVカテゴリーの話か?」
「ううん。黙ってれば、の話」
「自分で言うか」
「ムラサキさんのお墨付き」
「は?」
「あ、これは言っちゃダメなやつだった」
言ったら追い出される秘密だったと慌てて口を塞いだけれど、レンは意味がわからなかったようであっさりと興味の先を変えてくれた。
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