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第29話

「で、さっきからなに熱心に読んでんだよ」 「ムラサキさんのマンガ」  表紙に書かれた作者名が見えるように、本屋さんでかけてもらったカバーを外して本を掲げて見せる。  『繋がる。』というタイトルの淡い色合いの単行本は、言われなきゃBLだとわからない見た目で、本屋で買うのもそれなりに買いやすかった。  ただ、カバーをかけるためにめくられた中表紙ではしっかり男二人がくっついていたけれど。 「なんだよ、買ったのか?」 「本人が持ってるの見ようとしたら止められたから買ってきた。とりあえず目に付いたやつ」  あいにくこの前ムラサキさんに見せてもらったものは見つからなくて、一番新しそうなものを買ってきたんだ。だからこそどんなあらすじかも知らずに読み始めたから、その内容にまず驚いた。  普段のムラサキさんのイメージとは違う繊細な絵で綴られる恋模様は、男同士のエロシーンはあるものの少女マンガに雰囲気が近い。  かといって少女マンガのようにイケメンが出てきてキラキラキュンキュンするものともまた違って。 「はあ、マジかぁ……」 「どんな話なんだ?」  最後のページを読み終え、静かに本を閉じてテーブルに置き、大きく息を吐く。一杯飲みたい気分だ。  そんな俺の様子に興味を持ったのか、すっかりと包丁を置いたレンが手を洗いカウンターを回ってこちらへやってくる。 「全員が片思いで報われない話。姉に恋する弟を好きになった親友とか、その親友を好きなことを伝えられずに無理やり抱いちゃう男とか、気持ちがない振りしてるその男のセフレとか、体では繋がってんのに心が繋がんないの。体の関係あるくせにピュアですごいキュンとするし、すげー切ない。なんで全員報われないんだよ。ムラサキさんは鬼か」  全員が一方向の矢印で繋がっている恋愛物で、エロもあるけどある分余計切ない。 「男同士の恋愛もんっていうからヌける感じかと思ったのに、なにピュアな恋愛物描いてんのあの人。そのつもりで読んだの申し訳ないよ」  隣にやってきたレンに読み終えたマンガを渡しながらもう一度大きく息を吐いた。  おかしいな。俺をモデルにしたと言っていた話はもっとエロ満載だった気がするんだけど、それは俺がモデルだからなのか? あの人俺のことどういう人間だと思ってるんだ。 「そのマンガは、それはそれでいい話だけど、やっぱり物語は、というか物語こそはハッピーエンドがいいと思うんだよ」 「そんなもん、物語だけじゃなくてリアルもハッピーエンドの方がいいだろ」 「いや、リアルに恋とか愛とかキュンキュンとかいらなくない? 気持ちよさ一択でしょ」  ムラサキさんにも言ったけど、面倒な過程なんて省いて最後のところだけ味わう方が手っ取り早いと思うんだ。山も谷も悲しいことも辛いことも、味わわなくていいなら誰だって味わいたくないはずだ。  そんな俺の理論が気に食わなかったのか。俺から受け取ったマンガをぺらぺらと斜め読みしながらのレンが、俺の言葉に顔を上げうろんげな視線を向けてくる。 「……お前さぁ、そろそろ本気で恋人見つければ? そしたら毎日気持ちよくしてもらえるんだし、決まった相手がいれば今回みたいな厄介なことにならないだろ」 「え、セフレの勧め?」 「ちげーよ。愛し愛されのお付き合いをしてみたらどうだって言ってんの」  ガシガシと短い髪の毛を掻いて、レンは呆れたように困ったことを勧めてくる。  セフレだって回数を重ねるごとに関係性が深くなるのが嫌で遠慮しているのに、恋人だなんて無茶を言う。 「俺に、一人の誰かで我慢しろと?」 「我慢じゃなくて、一人で満足できる相手を見つけろってこと。いつまでも危ないことしてないで落ち着けって言ってんだよ。今回がいい機会だろ」 「そんな無茶言わないでよー。俺が、誰かに対して『好き! 愛してる!』ってできると思ってんの?」 「できるだろ」 「まあそりゃリップサービスはできるけどさー」 「じゃなくて。してただろ、恋」 「はい? ……はっ、まさかレン、実は俺に本気で……」 「『粟島(あわしま)先輩』」  面倒な話だし、茶化して終わりにしようと思ったのに。  レンの口から飛び出たその名前に、一瞬にしてすべての思考が奪い去られてしまった。

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