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第30話
急に喉がカラカラになって、唾がうまく飲み込めない。
「…………俺、レンにその話したっけ?」
「ずいぶん前に、派手に酔っ払った後の寝物語でな」
不意打ちだ。
絞り出した自分の声がまるで別人のように掠れていて、未だにその名前が自分に対してどれだけインパクトのあるものなのかを思い知らされる。
その名前を呼ぶ自分の声、それに答える声、それが一瞬にして思い出されて頭を抱えた。
「してたんだろ、本気の恋。初恋。それで傷ついたからって……」
「俺、どこまで話した?」
レンの勘違いはずいぶんとお綺麗なもので、呆れて笑えてしまう。そしてその時の自分の幼さにも。
「憧れの先輩のことを性欲込めて好きだって気づいて、でも告る前に彼女がいたから諦めたって」
「諦めたんじゃない。我に返ったんだよ」
甘酸っぱいコイバナじゃない。ただの愚かな幻想をつかの間見ていただけ。
「先輩が可愛い彼女と家に帰ってくるのを見て、はっきりと現実が見えたんだよ。もしかしたら両想いなのかもなんて頭のおかしい妄想を抱いていた自分がバカらしくなって、目の前が晴れた。だから、バカなことする前にちゃんと我に返らせてくれた先輩には感謝してる。それだけの話だから。失恋して傷ついたとか、そんな上等な話じゃない」
今思えばなんでそんなことを思ったのか。
先輩は誰にでも優しくて、ただの男の後輩をみんなと同じように可愛がっただけ。それだけの話だ。
そもそも俺の想い自体、恋なんて上等なものじゃない。
「ミケ……お前」
「それに、そういうの俺には向いてないんだよ。俺は、欲しい時に気持ちよくしてくれる人がいればいいの。しかも、おいしいものは一つじゃなくて色んな種類欲しいもんだし? そんなのでもし恋人がいたら、浮気になって余計問題起こっちゃうじゃん?」
俺には一夜限りの関係がちょうどいいんだ。
レンやタケさん、それこそムラサキさんのような、ちゃんと恋愛してきた人には申し訳ないけど、こういう存在もありにしてもらわないと息が詰まってしまう。
だから面白くもないんだし、もうこの話はこれっきりにしてくれという合図代わりにウィンクを送ると、レンは色々言いたそうな気持ちを乗せたため息を思いきり吐いた。
それでも短くない付き合いだ。
レンは俺のことを一睨みすると、もう一度わざとらしくため息をついて表情を切り替えた。それを見て、俺も話を変える。こういう時わかってくれる人はありがたい。
「だから、今度の仕事楽しみなんだよね」
「あー船上パーティーだっけか? その仕事は大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。なんかでっかい会社? 出版社? の偉い人のパーティーらしい」
「なんだその曖昧なの。いいのかよそれで」
「だって俺関係ないもん。いつも通り猫かぶってシェーカー振ってくるだけだし。人いっぱいいるから安全。ムラサキさんにもちゃんとどこに行くか報告してるしね」
概要はよく聞いていないけれどすることは同じだ。ホテル経由の仕事だからせいぜい愛想よくお上品なバーテンダーを演じようじゃないか。
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