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第36話

 企画。担当。  確かに学生の頃から色んなイベントを企画してはみんなを巻き込んで楽しませていた。だからきっとそれがそのまま仕事になったんだ。  なんて正しくぴったり。 「申し遅れました。担当の粟島久遠と申します。以後お見知りおきを」  そんな風に名刺を差し出ししっかりした角度のお辞儀をしつつもウィンクをかましてくる先輩は相変わらずで、懐かしさと苦い気持ちで胸が苦しくなる。  それでもさっきからまるで普通のサラリーマン同士のように名刺交換をしている自分がおかしくて、少しだけ笑う余裕ができた。  今の俺は「ミケ」じゃなくて「田淵夕」、ちょっぴり髪色が派手なバーテンダー。  先輩も仕事で俺も仕事。うん、大丈夫。 「もっと早く確認しておけば先に知っておけたんだけど、ちょっと前に突然引き継いだもんだからバタバタしてて悪いな」 「いえ、びっくりはしましたけど」  手にしたタブレットやインカムにひっきりなしに連絡が入っているようで、先輩は細かに指示を飛ばしながらもカウンターに置かれている数枚の紙を指した。  カウンターは後から作られたような簡易のものだけど、用意されている酒の種類は意外と多い。ドリンクを注ぐ場所というだけじゃなく、ちゃんとシェイカーまで用意されている。ミニバーというにはなかなか立派だ。 「とりあえずこれは、進行表とチェックリスト。一応こちらで用意は済ませてあるけれど、チェックは頼む。必要なものがあったら調達してくるから」 「はい」  内心のドキドキと緊張を隠し、平静を装って頷く。  それにしても、デキる男の様が学生時代よりもしっかり磨かれていてよりかっこいいから困る。 「終わったら時間まで船の中探索してもいいし。案内できなくて悪いけど……っと、船のパンフレット受け取ってないか?」 「え? えっと、ないですけど」 「一応参考までにって送ったのが前日までに着いてるはずなんだけど、誰かミスったかな」  入り口でも、対応してくれた社員さんにも特にそういうものはもらってませんけど、と示した空手がそこで固まる。  郵便。ポストはここ数日覗いていない。 「あ、いや、ちょっとポスト見てなかったんで届いてたかも……。すみません」  そういえばポストがそのままだった。郵便物はそれほど来ないけど、近いうちに見に行って回収しないと。  まったくその可能性に思い至らなかったせいで、せっかく事前に送ってもらっていたのに申し訳ないことをしてしまった。 「なんで田淵が謝るんだよ。連絡ミスはこっちの責任だろ? ……あーじゃあこれ、俺のだけど良かったら」  でもそんな俺の事情を知らない先輩は、驚いたように肩をすくめてからタブレットと重ねて持っていたパンフレットを差し出してきた。  先輩の持っていたものなんて、高校生の俺だったら受け取ってニマニマしていたはずだ。それをしなかっただけで妙に大人になった気がする。

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