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第42話
「ね、待って、ちょっと落ち着いて」
まず自分にかけたい言葉を投げるも、無視。
それどころか不意打ちで耳のふちに軽く歯を立てられ、じんっと鈍い痺れが広がる。そして今度は噛んだそこをしゃぶるようにして音で俺を煽ってくる。
否が応でも耳に神経が集中しているタイミングで、油断していた体をなぞられ跳ねるように震えてしまった。
「あ、……あっ、んッ」
「……夕って、そういう声出すんだ」
低く呟かれた言葉が耳に直接吹き込まれ、急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
知らない奴に聞かれるのは別に恥ずかしくもないし、なんならわざと声を出すときもあるというのに。
思わず漏れた声をムラサキさんに聞かれるのがこんなにも恥ずかしいとは。
「だ、だめ、俺、知り合いとは寝ない、って」
拘束されているわけでもないのに、その体も、忍び寄ってくる快感も、強く押し返すことができない。
そんな俺の状態をわかっているのか、ムラサキさんは俺の言葉を鼻で笑った。
「知り合いって。俺のことなんにも知らないくせに」
「ム……っ、ん、んんッ」
そして呼びかける声を飲み込ませるように再び深いキスをされる。
ぴちゃぴちゃと濡れた音を立ててほどこされるキスに抗う理性がどんどん溶かされていく。
俺には珍しいくらい禁欲していたせいか、気持ち良すぎて体がいうことを聞いてくれない。
このまま抱かれる? 一度くらいならいいんじゃないか。いやダメだろう。でも気持ちいいし。とりあえずしてから考えればいいんじゃないか。いやいや頭を空っぽにして受け入れる前にちゃんと考えろ。
「あっ」
首筋を辿って段々と下りていく唇に力が抜ける。シャツのボタンを外されたのはわかっていても、もう押し返す力はない。そして開けられた胸元に強く吸い付かれた痺れに、もういいやと思考を放り投げて快感に身を任せようとした、その瞬間のことだった。
ピンポーン、とどこか間の抜けたチャイムの音が鳴り、続いてノックの音が響く。そしてまたチャイム。ノック。
『おーい、しおーん、開けろー! いるのはわかってんだぞー』
「……え?」
思わず飛んでいた意識が戻る。それぐらいのことが起こった。
だって、なんでこの声がここでするんだ。
さっき聞いたばかりだし、そうじゃなくても聞き間違えないその声がどうしてドアの向こうからして、誰を呼んでいる?
「……」
たぶん居留守を使おうか迷ったんだろう。
俺の上の体が動きを止め、玄関の方を窺い見る。
ただ煌々と明かりが点いているし、わかられているのをわかっているのだろう。
逡巡は短く、ちっ、とはっきりした音を立てて俺の上で舌打ちしたのは、たぶん今呼ばれている人物。
それから無言のまま体を起こし、ムラサキさんはイライラをぶつけるように髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回した後大股で玄関に向かった。それを見て、俺もはっとして起き上がるとシャツのボタンを留める。
その間にムラサキさんが鍵を開けてドアを細く開けると、向こうからも手が伸びてきて隙間が大きくなった。
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