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第43話

 そこから顔を覗かせたのは、想定外だけど予想通りの粟島先輩。  船上での仕事中のぱりっとした姿と違って、だいぶくたびれている。 「家帰んの面倒だから寝かせてくれ」 「……無理。頼むから今日は帰って。本当に、頼むから」 「なにもベッドを貸せなんて言ってないだろうが。ちょっと布団貸してくれれば……ってあれ?」  ドアを閉めようとするムラサキさんを押しのけ、半ば強引に入ってきた先輩と視線がかち合う。 「田淵? なんでここにいるんだ?」 「先輩、こそ、なんで」  先輩の疑問もわかるけど、むしろそれはこちらが聞きたい。  なんで先輩がムラサキさんの家を訪ねてくるんだ。  俺が心底驚いている顔をしていたからか、先輩は少し困ったように頭を掻いてからムラサキさんを指した。  その指の先で、ムラサキさんは俺とも先輩とも視線を合わせないようにそっぽを向いている。 「いや、家まで帰んのが面倒だから弟の家で寝ようと思って。……ん? あれ、お前ら、知り合いだったのか?」 「おと、おとうと……?!」  弟。それは弟分とかではなく、本当の意味での弟? つまりムラサキさんが先輩の弟で二人が兄弟だと。  なんだそれ。この二人が兄弟? そんな偶然ありなのか。 「あれ、あ、だから急に船乗りたいって言ってきたのかお前」 「ばっ……!」 「なんだよ、だったらその時に言ってくれりゃあ」 「兄貴!」  どうやらムラサキさんの言うツテとは出版社の関係ではなく粟島先輩のことだったらしい。いや、一応出版社にも関係あるから入れた部分もあるのだろうけど、直接交渉したのは先輩に対してだったようだ。  兄弟。兄弟……。 「いいから今日は帰っ……」 「あ、俺が帰るんで先輩はどうぞごゆっくり。それじゃあ」 「へ?」 「え、ちょっ、夕……!?」  なんとかして先輩を追い出そうとするムラサキさんだけど、荷物を掴んだ俺はその横をすり抜けてそのまま外に出た。そして頭を下げて駅に向かって走り出した。  正直行く先は思い当たらなかったけれど、これ以上あの場所にいられなかった。頭がパンクしそうだ。  弟? ムラサキさんが、粟島先輩の?  しおん、って呼ばれてた。  紫苑(しおん)、か? だからムラサキ?  粟島久遠。粟島紫苑。兄弟。名前の響き的にはわかりやすく兄弟だ。  あの時ムラサキさんの本名を聞き出していれば気づいたかもしれない。兄弟だとは思わなくても、粟島なんて名字、そうあるものじゃない。  それに言われれば顔が似ているかもしれない。いや、似ていないかも。  ダメだ、完璧にパニックだ。  そもそも先輩と再会しただけでも十分いっぱいいっぱいだったのに、その先輩の弟と、俺は今、なにをしようとしていた? 「やばい。これは本当に、マジでやばい」  明らかにまずい答えの出る自問自答に耐えられなくて、俺は追い立てられるようにレンへと電話をした。 「レンお願い、今日だけ泊めて。あと話を聞いて。マジで、お願い」

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