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第46話
「混乱して煙噴きそうなんですが」
シャワーを浴び終わってついでにドライヤーをかけ、勝手に風呂上がりの一杯、二杯をしていたら早めに帰ってきてくれたレンに首根っこを掴まれ、状況を説明することになった。
その枕詞がこれ。
細かく説明すると鬱陶しがられそうだから、今回は「粟島先輩と再会する」「ムラサキさんに押し倒される」「その二人が兄弟だった」の三本でお届けだ。
「……なんつーか、どこからつっこんだらいいのかわかんねぇんだけど」
今日一日のことを口早にまとめた俺に、レンは短い髪をガシガシ掻いて困ったように唸った。当事者である俺が理解できていないんだから、聞かされたレンが困惑するのはよくわかる。
「そもそも、愛しの先輩の弟をわからなかったのか?」
「わかんなかった。てか全然覚えてない。先輩しか眼中になかったし。いたかもしれないって程度」
最初から気づいていたり、途中でピンと来たりしていたのなら話はまた違っただろう。
だけど、申し訳ないけれど、そこは嘘がつけない。
「ひっでぇなそれ」
そう言ってレンは笑うけど、ぶっちゃけると、高校生の俺は先輩に抱かれたいということしか考えていなかったから、先輩以外を見ていなかったんだ。
興味がなかったといえばそれまでで、先輩に兄弟がいようがいまいがそんなの俺には関係がなかった。だから気にしなかった。
そりゃそう言われれば、先輩の家に行ったときにちらりと姿を見たかもしれない。でも話したこともないし、どんな姿かさえ覚えていない。紫苑という名前も、先輩が口にしたかもしれないけどしていないかもしれないという認識レベルだ。
もしくはそのときは聞いていたかもしれないけど、忘れようとしていた分今の俺の記憶にはなにも残っていない。
なんにせよ、その弟がBL漫画家になっていて、ゲイバーの取材で俺の勤めている店にやってくる可能性なんて、想像できる方がおかしいだろう。
「で、その愛しの粟島先輩はどうなってた」
「めちゃくちゃかっこよかったし仕事バリバリでとてもいい歳の取り方をしてた」
「ぶっちゃけイけそうか」
「いや、なんかもうキラキラまともな人生歩んでいる感じが、そういう対象じゃないっていうか」
どうやらレンは俺に真剣な恋をさせる作戦をまだ諦めていないようだったけど、むしろ俺は再び現実を突き付けられた気がしてよこしまな気持ちが持てなかった。
早々に諦めた俺の先見の明をもっと褒めてもいいくらいだ。
未練を感じさせない俺の態度が若干不服だったのか、レンはへの字口になり、やかんの笛を聞いて台所に向かった。お茶を淹れつつ話を聞いた方がいいと思ったのかもしれない。
それにしても昔タイプの台所とやかんがよく似合う男だ。
「じゃあムラサキは。ついに手出してきたんだろ?」
「……なんか、怒ってたんだよね」
「怒るって、なにに」
「俺が、藤沢さん――前に逃したバーテンダーの人ね――と一緒にホテル行こうとしたら大層お怒りになられて、欲求不満かよと」
「もっともだな」
「え、でもレンだってホテル行くの止めなかったじゃん!」
急須と湯飲み二つを器用に持ってきてテーブルに置くと、レンは神妙な顔でムラサキさんの態度を肯定した。
俺がこの前男を捕まえるぞと意気込んでいた時は強く否定しなかったくせに、今さら意見を変えるなんてひどい。そうふくれる俺に、レンはお茶を淹れながら冷静に返してくる。
「止めても聞かないだろ、お前は。それでも俺は、難色は十分示したぞ。それにムラサキはお前を心配してわざわざ来てくれたんだろ? それなのに当の本人が男と消えようとしてたらそりゃむかつくだろうが」
「だって男に飢えてたんだもん」
「ぶりっこしてぇなら内容考えろ」
まさかムラサキさんが来るとは思っていなかったし、約束はその前にしたし、と言い訳はできるけど機嫌を悪くさせた理由もわからなくはないからなんとも言えない。
そしてオチが粟島兄弟ときたら、頭が働かなくなっても無理ないと思う。できることならなにも考えずに早く寝てしまいたいくらいだ。
「あ」
けれど、今日はまだ穏やかに終わりそうにないらしい。
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