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第47話

 鳴り出した電話の音で、一斉に視線が俺のスマホに移る。 「誰からだ?」 「……先輩だ」  表示されているのは登録したばかりの「粟島久遠」の文字。  さすが兄弟というべきか、行動が似ている。  俺が出る覚悟を決める前にレンが通話ボタンを押して俺へとスマホを押し付けてきた。スピーカーボタンを一緒に押さなかったのは優しさなのか。  それでも聞く気はあるようで餌を待つ犬のような表情でそこにいる。 「もしもし」 『ああ、田淵。さっきは悪かったな、驚かせて。今大丈夫か?』  繋がったことに少しほっとしたように俺の名を呼んだ先輩は、ため息を混ぜて話を続けた。 『紫苑に聞いた。ストーカーの話』  先にムラサキさんに話したことを教えてもらっていなかったら、この時点で一体どこまで話したのかと慌てるところだった。  そしてムラサキさんが話した内容で納得したのか、それ以上は俺から説明を求めず、大変だったなとねぎらってくれる。  正直ストーカーというレベルなのか、のん気に家を渡り歩いているだけの俺としてはあまりわからないけれど、先輩は大きな問題として取ってくれたようだ。  バーで出会っただけの人間の家に泊まっているくらいだから、深刻な状態だと思ってしまったのかもしれない。  だからこそ先輩は俺が出ていったことを申し訳なく思っているらしい。 『驚かせて追い出すような真似して本当に悪かった。紫苑の家に戻るなら迎えに行くけど』 「いえ、今日は友達の家に泊まらせてもらいます」 『そうか。とりあえず安全な場所にいるのなら良かった』  レンが一般的な友達かと言われれば少し違う気もするけれど、それはまあ説明する必要はないだろう。  安全確認が済んだからか、先輩は一つ息を吐いてから話を切り替えた。そんなタイミングも兄弟似ている。 『それにしても、田淵が紫苑と知り合いだとは思わなかった。しかも紫苑が自分の家に呼ぶなんて』 「そうなんです、ム……紫苑くん、優しい人ですね。俺が恐がって取り乱した時も冷静になだめてくれたし、家にも匿ってくれるし。ずいぶんと助けてもらいました。先輩がお兄さんだっていうのは、今日知りましたけど」 『ってことはあいつ名乗ってないのか?』 「聞いてないです。お世話になってるんだから、あんまり余計なことは詮索しないでいようと思って」  確かにあの時普通に「粟島紫苑」だと名乗られていたら、その後の距離感はまた違ったものになっていただろう。  「粟島」というのはよくある名字ではないし、名前の響きも似すぎている。下手したらその名前を聞いた途端に逃げ出していたかもしれない。  もちろん名前が詮索するべきでない余計なことかどうかは微妙なところだけど、本名を知らないというのは今時それほど珍しくない、と思ってほしい。  その願いが届いたのかどうか、先輩は名前のことをスルーして別の場所に引っかかってくれた。 『けどあいつ、家に人入れんの嫌がるのに。俺だって押し掛けないと泊めてくれないしさ』 「それは……」  驚きと不服を混ぜた先輩の言葉に思わず苦笑いをする。  先輩を部屋に入れないのは、たぶん職業柄というかあの本棚や仕事の中身を見られたくないからだと思う。俺は出会った場所や性癖を知られているというのがあった上に緊急事態だから家に入れてくれただけで、だからこそそれを詳しく説明はできないんだけど。  でも、そうか。  ムラサキさんの家が人を招いても平気な仕様になっていたのは、先輩がああやって寝床として使うことがあるからなのか。  ……彼女とかじゃなかったのか。

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