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第48話
『弟と可愛い後輩が仲がいいのは嬉しいけど、俺としては仲間外れにされた気がして少し寂しいぞ』
「やだな、仲間外れなんてそんな。紫苑くんともたまたま会っただけで、まさか先輩の弟さんだとは……」
『ったく、知ってればもっと早く田淵に会えたのに』
残念そうなその言葉にピクリと体が反応したのは昔の名残。
本当に先輩は俺のことを簡単に惑わせる。冗談だとはわかっていても、そんな風に言われると喜んでしまうのが俺という男の悲しい性だ。
断片しか聞こえない電話の内容と俺の反応を興味深げに見ているレンの視線にちりちり焦がされながら、こほんと咳払いをして気持ちを切り替える。
先輩が言っているのは、あくまで後輩として。わかってます。
『そういうわけで、お詫びというか提案なんだけど、俺の家来ないか?』
「え……?」
わかってるわかってると呪文のように心の中で唱えていたせいか、今なにかとんでもない言葉が通り抜けていった気がする。
たぶん気のせいだけど、一応繰り返してみる。
「先輩の家に?」
『そう。嫌ならいいんだけど、どうかなって提案』
俺の言葉に、お、と口の形だけで反応したレンが近寄ってきて反対側からスマホに耳を当てる。
どうやら聞き間違いをしたわけではないらしい。
『オートロックだしカメラもあるし、窓からは入ってこれない高さだしあいつの家よりかは広いし、まだ安全だと思うんだけど』
思ってもみない申し出に呆然としていたけれど、安全、と言われてはっとした。
俺はすっかり軽い気持ちでいたけれど、よく考えたらあの男がムラサキさんの家に辿り着く可能性が絶対ないとは言い切れないんだ。店の常連ということもあるし、繋がりはゼロじゃない。
当然のことなのに失念していた。
そうなったら誰よりもムラサキさんに迷惑をかけてしまうじゃないか。なんでそこまで思いつかなかったんだろう。
今さらの可能性に背筋が冷えて、自分のことより恐くなった。
そしてそれならレンのところも同じだ。むしろ長年一緒に働いている分、より繫がりは深い。
「でも先輩に迷惑じゃ……」
先輩だって危ないことには変わりないはずだ。
それでも、再会したばかりの先輩なら、今までの関係性から辿れる可能性は低いかもしれない。それに本人が言ってくれたそのセキュリティなら、確かにムラサキさんの家やここより危険は少ない気がする。
なにより、レンが「行け行け」と声を出さずに熱心に推している。
『実は同居人が出てったところだから部屋はあるし、田淵が良ければ』
そしてダメ押しにそんな条件が追加されて、断る理由がなくなってしまった。
頼れる大人と安全な家。今の俺に必要なものが綺麗に揃えられている。
「……じゃあ、少しの間だけ、よろしくお願いします」
『おう、良かった。じゃあ明日迎えに行くな』
ためらいは数瞬。小さく息を吐いてからその申し出を受け取らせてもらうと、とても嬉しそうな声を返された。面倒を背負い込むというのに、昔から本当に人の世話を焼くのが好きな人だ。根っからの善人なのかもしれない。
その後、待ち合わせの時間や場所を大雑把に決めて電話を切った途端、レンが俺にハイタッチを求めてきた。俺よりもテンションが高い。
「やったじゃん! チャンスチャンス! 今のお前なら一発逆転あるだろ」
「ないよ。それに今やムラサキさんのお兄さんでもあるんだけど?」
「おう、気まずいな。しかも今までのお前を知っている分、真剣なお付き合いだとも思わないだろうし」
「あの、レンさん。マジでややこしいことになるから、めちゃくちゃはしゃいだ顔でからかうのは良くないと思います」
「だって初恋の相手と同居とか、これはもうなにか起きる予感しかしないだろ。愛し愛されの関係になったらさすがにお前の男癖の悪さもマシになるだろうし」
「そこまでして『マシ』程度って、俺どれだけひどいと思われてんの?」
「今の事態で察しろ」
「……ぐうの音も出ない」
さすが付き合いが長いだけあって打てば響くようにきついセリフを返される。そして事実だから言い返せない。
こんなことになっているのは、運が悪かったとはいえ俺の素行が招いた部分もあるという自覚はしている。少なくとも、もうちょっとだけちゃんと相手を選んでいれば、こんな風に転々と人の家を渡り歩く必要はなかったんだから。
とはいえ、そんな流れで俺の運命を変えた先輩の家に居候することになったのはなんの因果なのか。
なぜかレンの妙な期待を背負い、俺は高校の時ぶりに先輩の家に泊まることになったのだった。
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