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第50話

「もしかして、お前それで距離取ってたのか?」  もう一口ビールを飲み込んだ先輩は、あの頃の俺の態度に思い当たるものがあったのか、はっとしたように俺を見てきた。 「いや、まあ、邪魔したら悪いかなって」  思わず苦く笑ったのは、そのときの気持ちが蘇ってきたから。  毎日のように先輩にじゃれついていた俺が、あの日を境に徐々に距離取るようになって、最終的には先輩の卒業とともに連絡を絶ったんだ。そりゃおかしく思っただろう。  まあむしろ、その辺りから色々吹っ切れて遊びで男を渡り歩くようになったから、今までの生活を捨てたと言った方が正しいのかもしれないけど。  でも先輩としたらその理不尽な距離の取り方の正解がわかったからか、ものすごく晴れた顔をされた。 「なんだよ! なんか嫌われることしたのかと思ってたじゃねーか!」 「先輩のことを嫌いになんかならないですよ」 「船で見つけて話しかけた時、実はめちゃくちゃ緊張してたんだぞこの野郎!」 「わああ先輩零れる零れる!」  勢いに任せて抱きつかれて、まだ全然飲んでいない缶からビールが飛び散る。  いつの間にか先輩はちゃっかり缶をテーブルに避難させていた。  さすがだ。  なんて感心しているうちにソファーの上に寝転がる形になっていて、上にはにこにこと微笑む先輩が乗っかっていた。  髪型は昔とは違うけど、笑顔が変わっていないから変な気分だ。 「誤解が解けて良かった。お前にそっぽ向かれて、寂しかったんだからな、俺は」 「別にそっぽ向いたわけじゃないですけど、なんとなく、ちょっと気まずくなって」 「ったく、無駄な気遣いを。……でも、お前とまたこうやって話せて嬉しい」  本当言うと、気遣いなんて大層なものではなく俺の事情でしかなかったんだけど、さすがにそれは口にできない。だからこそ先輩は本当の俺がなにを考えていたかなんて少しも気づかず、こんな風に素直に気持ちを伝えてくれる。ストレートすぎるその言葉が眩しい。  俺の顔を見下ろし、本当に嬉しそうに目を細める先輩との距離の近さにまたなにか違う勘違いをしてしまいそうで、俺は慌てて違う話題を探した。  彼女。  そう彼女と言えば、昔はいなかったとしても先輩がモテないわけはなく、つまり現彼女はどうなっているかということ。 「えーっと、そういえば、同棲してたのは彼女じゃないんですか?」 「あー……まあたぶん一応彼女だったんだけど」  同居人が出ていったから部屋が空いたと言っていたけど、ルームシェアという感じの家には見えない。だから彼女と一緒に住んでいたんじゃないかと推測で問えば、微妙な頷き方をされた。いや、頷きつつも微妙に首を傾けている。  そして考え込むように起き上がってくれたから、俺もさりげなく先輩の下から抜けて起き上がった。缶を持ったままの移動は地味に難しい。

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