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第51話

「同棲じゃなくて、なんか急に引っ越さなきゃいけなくなったから、次の引っ越し先が決まるまで住ませてくれって言われたから、どうぞって感じで」  元々は、先輩の家が仕事仲間の溜まり場になりやすいらしく、仕事の話し合いをしたりそのまま泊っていったりすることが多かったから一部屋多いところを借りたらしい。  基本は物置のその部屋を、使いたいなら使ったらというスタンスで勧めたそうな。 「でも最近ちょうど辞める奴が重なるタイミングで仕事忙しくて、帰んのが遅い日が続いたら急に『仕事と私、どっちが大事なの』って聞かれて」 「うわ、それ本当に聞く人いるんですね」 「仕事、って答えたらひどいってキレられて出ていった」  それで別れたらしい、と他人事のようにあっさりと告げる先輩にどうやら未練はないようで、この調子でいくと彼女というのも先輩から始まった話ではなさそうだ。 「俺昔から向いてないんだよなぁ恋愛とか。仕事楽しいし、友達といるのも楽しいし、ガキなんだよな、中身が」 「……俺も向いてないんでお揃いですね」  いつまでも子供の心を持ち続けている天真爛漫さと、下手なモデルよりもかっこよくて、細身なのにスポーツ万能な筋肉がすんなりしっかりとついている体に加えバリバリ仕事をこなす有能さを持ち合わせていればどんな相手だってイチコロだろうに。  どうやら本人は恋の駆け引きを楽しむタイプではなく、ある意味それは俺も同じで。  恋愛に向いていない、という面だけが一緒で、だけど内容はまったく違うなぁとひそかに笑っていたら、妙に笑顔の先輩に顔を覗き込まれた。 「恋愛なんかより楽しいこといっぱいあるもんな?」 「そうですね」 「だよな? 休みの日に海外ドラマ1シーズンぶっ通しで見るとかな?」  その先輩の手には、なぜか立派なブルーレイボックスが用意されている。どうやらソファーの下に隠されていた引き出しから取り出したらしい。なんという大人買い。 「……まさか」 「大丈夫。これはまだ短いから」  その会話の流れから嫌な予感がして表情を引きつらせる俺に、先輩は通販番組かのような営業スマイルを向けてくる。大丈夫ということが全然大丈夫じゃなくて恐い。 「歓迎パーティーってことで。田淵はどんなタイプの話が好きだ? 昔と好み変わってないならこういうのとか、こういうのとか」  引き出しを次々に開けると、そのたび出てくるブルーレイの山。  そういえば昔からこういうのが好きな人だったっけ。  昔は時間に制限があったからそう長くは見られなかったけど、経済力が伴った大人は色々エグイということはいろんなお客さんに会ってきたから知っている。 「おっとその前に」  これは早いうちに止めた方がいいんじゃないかとおろおろする俺の前で、先輩はブルーレイを並べるのをやめてスマホを手に取った。  その隙に話題を変えようとしたけれど、その時間は与えてもらえなかった。 「ピザのトッピング、なにがいい?」  すでにメニューを表示させたスマホを手に、先輩は少年のようにキラキラ輝く瞳を向けてきた。  二人きりのパーティーは、そうやって始まった。

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