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第56話

 一応ムラサキさんについてもらってきたのは、ムラサキさんが心配するからで俺としてはそれほど危機感はなかった。  もちろん注意はするし、ムラサキさんを危ない目には遭わせたくないけど、ストーカーとの遭遇の心配はさほどしていない。  あれ以降の接触はないし、そもそも好き勝手されたのは不意を突かれたからであって、そうじゃなかったら体格的にも負けていないんだからそれほど恐いものじゃない。  それでも長居はするつもりなかったから、乗ってきたタクシーには近くに停まっておいてもらって、辺りに怪しい奴がいないか注意を払いながら足早に家に向かった。  そもそも真っ向から来れるタイプの男だったら、隠し撮りを見せて脅すなんて回りくどい真似はしていないだろう。そりゃ突然のことでビビりはしたものの、それ以上の効果があったとは思えない。  ありがたいことにその恐怖もレンやムラサキさんや先輩のおかげで薄れてしまったし、後は藤沢さんのもとに現れたくらいで直接的な被害はない。もう少し時間が経てば飽きてくれることだろうと俺は思っている。  まったく、一回ヤったくらいでそんなに執着されたらたまったものじゃない。むしろこちらの方がワンナイトで遊べる男が探せずにフラストレーションが溜まっているくらいだ。  ……そういえばバタバタしていて結局藤沢さんに連絡をしていなかった。  この際一回くらい連絡を取って大人の関係を持つのもいいかもしれない。でも外泊したら匿ってくれてる先輩に悪いし、バレたらまたムラサキさんに怒られるかもしれないし。 「あ、先にポスト見てく」  家に上がる前にまずはポストをチェック。ぱっと見ダイヤルが回っている様子も、開けられた様子もない。 「結構溜まってるなぁ……ん?」  意外とDMやチラシだけでも一週間以上留守にしていた分溜まるらしい。  他にも封筒やお知らせのハガキは入っていても目当てのものは見つからなかった。 「やっぱりないな、パンフレット。本当にミスだったのか」  もらったものはA4サイズのものだったから、封筒は大きくてポストからはみ出すくらいだろう。それを見逃すとは思えない。ないものはない。  まあそのおかげで先輩の使っていたものがもらえたから良かったと言えば良かったのかもしれないけど。 「……で、開けた方がいいかなこれ」  チラシに紛れていた封筒の見覚えある形に嫌な予感を覚えて、ムラサキさんに見せると眉をひそめられた。そしてムラサキさんは俺の手からそれを掴み取る。 「これ、中確認していいか? 変なもん入ってたらまずいし」 「あーそっか。変なもの先輩の家に持っていったらまずいよね」 「その間に部屋の中見てきたら。着替えとか取りに来たんだろ」 「うん、じゃあお願いします」  どうやら嫌なことを引き受けてくれるらしいムラサキさんの頼もしさに頭を下げて、部屋に向かおうとしたら腕を掴まれた。 「あ、いや、待った。部屋の前まで行っていいか? 外で待ってるから」 「あ、うん」  能天気な俺と違って慎重な性格であるムラサキさんは、本当に俺のボディガードをしてくれるらしく部屋までついてくると番犬よろしく玄関の前で見張りをしてくれた。どうせなら上がったらと言ったけれど、中には入るつもりはないらしい。  俺が前に部屋の中に人を呼んだことがないと言ったからだろうか。変なところ生真面目というか紳士というか。  ともかく久しぶりの我が家はあまり家具のない変わらずのシンプルさで、特に変わったところはなかった。どうやら家に入られているかもしれないといった心配は無用だったらしい。  ほっと胸を撫で下ろし、手早く着替えを適当なバッグに詰め、改めて窓の施錠を確認してから外に出た。  その上でしっかりと鍵をかけ、ムラサキさんとともにタクシーへと戻る。 「とりあえず手紙だけだった」  車内で、ムラサキさんが見分を終えた封筒の中身を話してくれる。  明かりに透かしたり逆さにして振ってみたり匂いを嗅いでみたりしたけれど怪しいところはなく、中には至って普通な便せんしか入っていなかったと。ただその顔はだいぶしかめ面で。 「見てもいいけど、見なくていいと思う。天使天使ってうるさいポエムしか書いてないから」  便せんを渡されて一応ちらりと目を通したけど、ムラサキさんの説明がまさしくそのままのポエムでしかなかった。  思わず顔をしかめる俺に「見なくていいって言っただろ」と呆れた声を投げられる。  この様子じゃ、どうもまだ諦めてはいないらしい。それでも新たな写真が入れられていることも、他の誰かを示唆する内容でもなかったから、一応今の居場所はバレていないらしい。  仕方ない。  もうしばらく、ほとぼりが冷めるまで先輩に匿ってもらうしかないか。

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